「動かないで」はもう古い?未来の放射線治療は『優しさ』が基準に
- 和田仁
- 4 日前
- 読了時間: 5分
先週は、キャンサーコンパスクリニックのある東北地方に集結する、世界最高峰の放射線技術についてお伝えしました。
第2回は、最先端の放射線治療技術が、これからどんな『優しさ』を患者さんにもたらすのか、私の思い描く未来の姿をお伝えしたいと思います。
1. 苦痛を和らげる治療が、苦痛であってはいけない
放射線治療は、がんを治したり、がんの痛みなどの症状を和らげたりするために行う、大切な治療法です。しかし、逆に放射線治療を受けること自体が、患者さんの大きな負担になりうる現状もあります。
放射線治療を受けたことがある方は、こんな経験があるかもしれません。
治療寝台へ横になって、正確な治療を行うためにベルトやプラスチックのマスクで体を固定される。「動かないでくださいね」と言われ、大きな機械が回る中で、15分くらい、人によっては30分以上もの間、寝台の上でじっとしている。
特に、身体に痛みがある方にとって、この時間は本当につらいものです。
「治療のためだから我慢しなければ」と思っていても、毎回、放射線治療室に入るのが憂鬱になってしまう。苦痛を和らげるための治療が、別の苦痛を生んでいる。
おかしいと思いませんか?
患者さんの放射線治療中の苦痛を少しでも減らすこと。これが、放射線腫瘍医として長年携わってきた私のライフワークの一つです。そして、その解決策となる技術が、現実のものになってきています。
2. 機械が人に合わせるという発想の転換
これまでの放射線治療は、患者さんを装置に合わせる必要がありました。しかし、これからは装置の方が患者さんに合わせて動く時代がやってきます。
① 身体の固定がいらなくなる未来
例えば、最近実用化が進んでいる体の輪郭を自動で認識する技術があります。
治療室の天井にあるカメラのような装置が、横になった患者さんの体の形や位置を瞬時に読み取ります。まるで、スマートフォンの顔認証のように、体全体を自動で認識するのです。
この技術があれば、毎回同じ位置に寝ていただくために、体を強く押さえつけるベルトや固定具は使わなくてもよくなります。だから、患者さんにリラックスした状態で治療を受けていただけるようになります。
② 放射線治療の姿勢が選べる未来
横になるのがつらい患者さんのために、立ったまま治療を受けるという発想も進んでいます。実は、立位での治療装置は20世紀にも存在していました。しかし当時は画像誘導技術が未熟で普及しませんでした(消滅しました)。しかし現在、最新の画像認識技術により、立位治療が再び注目されているのです。
椅子に座ったまま、あるいは立ったまま治療を受けられれば、身体の負担はどれだけ減るでしょうか。特に肺がんなどの治療では、立った状態の方が、呼吸による臓器の動きが小さくなり、周りの正常な組織への放射線を減らせるという研究結果も出ています。
3. 『優しさ』は治療時間にも表れる
患者さんの負担は、姿勢や固定だけではありません。毎回の放射線治療にかかる時間なども大きな負担です。
① 装置が小型になり、威圧感が減る
現在のX線治療装置でもテニスコート程度の大きな治療室が必要ですし、従来の粒子線治療装置は体育館のような巨大な施設が必要でした。ただ、最近の粒子線治療では、従来より大幅に小型化された装置も開発されてきています。
将来的には、普通の診察室くらいの大きさでも放射線治療ができるようになるかもしれません。小さな装置は、患者さんにとって威圧感も少なく、よりリラックスして治療を受けていただくことにつながります。
② FLASH放射線治療:治療が一瞬で終わる、夢の技術
そして今、治療時間を劇的に変えるかもしれない革新的な研究が進んでいます。それがFLASH(フラッシュ)放射線治療と呼ばれる技術です。
FLASHとは、従来の治療では数分かかる放射線照射を、わずか1秒以下で終わらせる超高速照射技術です。まさに閃光のように一瞬で治療が完了します。
驚くべき効果
動物実験の段階ではありますが、この超短時間照射には驚くべき特性があります。
- がん細胞への効果は維持
- 正常組織への障害が極めて少ない
- この現象を『FLASH効果』と呼びます
なぜFLASH効果が起きるのか?
ただ実はまだ、なぜFLASH効果が起きるのか、いくつかの仮説はあるものの完全には解明されていません。現在、以下の有力な仮説が研究されています。
- 酸素消費速度の違い
- DNA修復機構の差異
- 免疫応答の変化
この「分からないけど効果がある」という状況は、医学の歴史ではよくあることです。効果のメカニズム解明と並行して、安全性と有効性の検証が進められています。
実用化への道のり
実用化にはまだ多くの課題があります
- 放射線の線量分布の正確な制御
- 安全性の確認
- 臨床試験での有効性の証明
しかし、痛みなどの苦痛が少なく、治療時間が一瞬で、体へのダメージも軽い放射線治療が実現すれば、どれほど患者さんの希望となることか。FLASH放射線治療の未来に、私自身、大きな期待を寄せています。
4. 技術の進化は、患者さんのために
今回はいろいろな放射線治療の未来についてご紹介してきました。ただ、ここで本質的に大切なことがあります。いくらAIやロボット技術が進化しても、技術のための技術ではないということです。
どんなに高性能な装置でも、患者さんが安心して、リラックスして治療を受けられなければ意味がありません。技術は、常に患者さんの苦痛を少しでも和らげることにつながるためにあるべきです。
私たち医療従事者は、これからも患者さんの気持ちに常に寄り添いながら、技術と心の両輪で、皆さんの治療をサポートしていくことが大切です。
【次回予告】自宅に来てくれる放射線治療の未来
次回は、さらに一歩進んで『治療が患者さんのもとへやってくる時代』についてお話しします。
移動式治療装置やオンライン診療を組み合わせた、まったく新しい地域医療の形。遠方への通院が困難な方、災害時の医療継続、そして在宅での緩和治療まで――。
東北の地域性を鑑みた、未来の医療をご紹介します。

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