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医療予測におけるAIの限界:確率と「あなた」 

和田仁
1 日前
読了時間: 5分

最近、ニュースやインターネットを見ていると、「AI(人工知能)が医療を大きく変える」「AIが診断や余命を正確に予測する」といった話題を本当によく目にするようになりました。医療AIへの投資や研究開発も世界中で急速に進んでいますし、「これからはAIに聞けば、自分にとって一番良い治療がすべてわかるのではないか」と期待される方もたくさんいらっしゃるでしょう。


もちろん、画像診断の読影支援をはじめ、AIが実際に大きな力を発揮している領域は数多くあります。しかし、日々の診療で患者さんお一人おひとりと向き合っている立場から率直に申し上げると、医療における予測という点に関しては、AIには現時点でどうしても越えられない構造的な壁があると感じています。


今日は、AIの限界と、私たちが決して見失ってはならない『個の真実』について、お話ししたいと思います。

 

集団の確率と、個人の「100か0か」


まず知っておいていただきたいのは、AIが得意とするのは「過去の膨大なデータから、集団としての平均的な正解、すなわち確率を導き出すこと」だという点です。

例えば、AIが「この治療法の有効率は40%です」という答えを出したとします。これは何千人、何万人という集団のデータをひとまとめにして(演繹的に)統計処理した『集団としては意味のある数字』です。


しかし、診察室に座っている患者さんご自身にとって、これから起きる結果は確率では語れません。効くか効かないか、良くなるかならないか。現実に起きるのは「40%ではなく、100%か0%か」という二者択一だけです。

 

集団として筋の通ったデータと、たった一人の患者さんに実際に起きる経過は、根本的に別の次元の話なのです。これはAIの性能や技術力が未熟だから起きる問題ではなく、確率という概念そのものが個人の未来に対して本質的に抱える構造的な限界だと言えます。

 

なぜAIには「個の真実」が見えないのか


「もっと詳細な個人データをAIに学習させれば、いずれ個人単位の予測ができるようになるのではないか?」

そう考えるのは自然な発想です。

しかし、ここには個人情報保護という、当たり前でありながら極めて大きな構造的な壁が立ちはだかっています。

 

実際の臨床現場では、統計やガイドラインの予測を大きく超えて劇的に良くなる患者さんに出会うことが少なからずあります。

「なぜこの方はここまで回復されたのか?」

その背景には、日々の生活の細かな工夫、微妙な体調の波、その時々で変化する心理状態、ご家族や周囲の方々との関わりなど、泥臭く生々しい無数の文脈が積み重なっています。


ところが、厳格な個人情報保護のもとで、こうした本当に価値のある『N=1(個別)の詳細な文脈』が病院の外やインターネット、公開データベースに出ることはまずありません。学会発表や論文になる頃には、こうした人間味のある細かな文脈はすべて削ぎ落とされ、無難に平均化された『統計の数字』に置き換えられてしまいます。

実際に表に出てくる医療情報といえば、医療訴訟に関する一部の公開記録か、医学的な信頼性を担保しづらい患者さんご自身の体験談程度にとどまるのが現実です。


つまり現在のAIは、「なぜその人が良くなったのか」という臨床上もっとも重要な問いに帰納的に答えるための『生きた素材』を、そもそも与えられていないのです。これはデータ量や計算能力を増やせば解決する問題ではなく、情報アクセスそのものの構造的な欠如に由来しています。

 

予測の限界を埋める、臨床医の役割


では、AIの予測が届かない領域を何が埋めるのでしょうか。私は、現場で数多くの患者さんと直接向き合ってきた臨床医の経験と観察眼、いわば医療における『アート』の部分だと考えています。


誤解のないように付け加えておきたいのですが、これは「エビデンスより勘を優先する」という話では決してありません。論文に基づくガイドラインや標準治療という(演繹的な)正解は、治療の土台として今後も揺るぎなく重要であり続けます。そのうえで、患者さんの表情のわずかな変化、言葉のニュアンス、身体が発する微細なサイン、これまでの経過の傾向を読み取り、「データ上はこちらが正解だが、この方にはあのアプローチのほうが合うのではないか」と見立てを調整していく。

このエビデンスと経験の往復こそが、実際の診療の姿です。


こうした判断は、論文には書けませんし、AIに学習させることもできません。学会で発表できるような強固なエビデンスにはならないかもしれませんが、目の前のたった一人を支える上では、この『個別の文脈を見抜く力』が決定打になることが少なくないのです。


これを見抜く力こそが、名医の条件と言えます。

 

終わりに


AIが示すデータや一般的な統計の数字は、航海にたとえるなら『大まかな海の天気図』のようなものです。全体の傾向をつかむ上では非常に有用ですが、実際に荒波の中でどう舵を切り、どこへ向かって進むのかを最終的に決めるのは、患者さんご自身と、その隣で伴走する生身の医療者にほかなりません。


もし今、統計の数字や余命宣告のようなデータに触れて不安を感じている方がいらっしゃったら、これだけは知っておいていただきたいと思います。それは、「その数字はあくまで集団の平均であって、あなた自身の未来そのものではない」ということです。

確率や統計の数字だけに振り回されるのではなく、あなたという唯一無二の存在に寄り添い、いっしょに海を渡っていくこと。それが、キャンサーコンパスクリニックが大切にしている役割です。



なお、AI技術は現在も急速に進歩を続けており、本稿で述べた限界も、今後の技術の進化や制度の整備によって変化していく可能性があります。個別の治療方針については、必ず担当の医師とご相談のうえでご判断ください。

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