日本の放射線治療はなぜ普及しない〜資源危機で変わる!?がん治療の未来〜
- 和田仁
- 5月10日
- 読了時間: 4分
更新日:4 日前
今回のブログは、私が放射線腫瘍医として30年以上、数多くの医療現場で抱き続けてきた、あるもどかしさについて、率直な氣持ちをお伝えします。
世界と日本の、埋まらない格差
がんと診断されたとき、放射線治療を受ける患者さんの割合をご存じでしょうか。
アメリカ:66%
ドイツ:60%
イギリス:56%
※ 出展 厚生労働省「がん対策推進基本計画」関連資料
欧米では、半数以上が当たり前に受けている治療です。
しかし、日本はどうでしょう
25〜30%、3人に1人もいません。
※ 出展 日本放射線腫瘍学会:放射線治療施設実態調査報告(Blue Book)
そして、この数字はなんと、私が放射線腫瘍医になった20世紀末から21世紀に入った今まで、ほとんど動いていません。
「高齢者が増え、体への負担が少ない放射線治療の出番は必ず増える」
——そう言われ続けて数十年。なぜ、日本の時計は止まったままなのか? そこには、日本の医療構造に深く根ざした 3つの壁があります。
壁① 外科主導という伝統
欧米ではがん診断後、キャンサーボードと呼ばれる多職種チームが集まり、フラットな視点で治療方針を議論します。
しかし日本では、歴史的に「まず外科医が主治医になる」ことが一般的で、「手術できるかどうか」が第一の物差しになりがちです。その結果、放射線治療は手術不能時の代替案や再発時の緩和ケアという位置づけに甘んじてきました。
私もかつて先駆的な大学病院でキャンサーボードの立ち上げに奔走しましたが、主治医の意向が壁となり、そもそも検討の場に情報が上がってこない患者さんが大勢いました。専門家の意見が届かない構造は、今も根強く残っています。
壁② 装置はある。人がいない
日本の放射線治療装置の台数は世界トップクラスです。しかし、それを動かすマンパワーが圧倒的に足りません。
学会の放射線治療専門医名簿には多くの名前が並びますが、実際には基礎研究や開業医(私も…)、あるいは健診や画像診断など他の診療がメインで、放射線治療の実臨床から離れている医師が少なくありません。多くの病院が非常勤医師の掛け持ちで成り立っており、手間のかかる高精度治療を広げる余力がないのが現実です。
一人常勤放射線腫瘍医の会——孤独な医師がお互いを慰め合う(支え合う?)ような集まりが学術大会などで存在すること自体、この国の構造的な歪みを物語っていると思います。
壁③ 「放射線=末期」という古いイメージ
「放射線は最後の手段」「副作用が怖い」。 この誤解は、一般の方だけでなく、一部の医師の間にも根強く残っています。
実際には技術革新が進み、早期の前立腺がんや肺がんなど、手術と同等の根治性が期待できるケースも増えています。本来なら、最初に患者さんに接する医師が、フラットな参謀として選択肢を示すべきですが、そのルートが十分に機能していないのが現状です。
止まった時計を動かす『外部の力』
しかし今、この停滞を根底から揺さぶる要因が浮上しています。前回のブログでも触れた、ホルムズ海峡の緊迫による資源・物流危機です。
手術や抗がん剤治療は、大量の使い捨てプラスチック資材や輸入薬剤に依存しています。物流が分断されれば、これらの治療はたちまち立ち行かなくなります。
一方、放射線治療はどうでしょうか。 放射線治療は電気という国産エネルギーと装置さえあれば、物流が遮断されても継続できる可能性が最も高い。三大治療の中で、最も堅牢な構造(ロジスティクス)を持っているのです。
「優れた治療」から「持続できる治療」へ
これからの時代、私たちは「どの治療が優れているか」だけでなく、「どの治療が社会として持続可能なのか」という視点を持たざるを得ません。
皮肉なことに、このマクロな危機が、日本における放射線治療の価値を劇的に高める引き金になるかもしれない。しかし、その時に支える人がいなければ、装置はただの箱に過ぎません。
がん治療の未来は、見えない場所で静かに形を変え始めています。
その複雑な地図を読み解き、あなたにとっての最善の進路を示す羅針盤(コンパス)として——キャンサーコンパスクリニックは存在し続けます。
P.S. 初代仙台藩祖の伊達政宗公を御祭神の武振彦命(たけふるひこのみこと)として祀り、政宗公軍師だった片倉小十郎景綱公の末裔が今も宮司をなさっている仙台市の青葉神社。その参道で本殿に一番近い場所に飾られた、キャンサーコンパスクリニックの灯籠2つを撮影した画像です。政宗公まつりがある今月いっぱいまで、いろいろな企業や団体、個人の灯燈がたくさん飾られています。





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