誠実さを届ける側の責任 ― 医療者・支援者としての役割【言葉と信頼シリーズ 第4回】
- 和田仁
- 4 時間前
- 読了時間: 5分
これまで3回にわたり、「言葉と信頼」についてお伝えしてきました。
· 第1回:「資格と信頼」の間にある誠実さ
· 第2回:「パワーワード」の魔力と危うさ
· 第3回:情報を見分ける「調べる力と判断する力」

「言葉と信頼」シリーズ最終回の今回は、私たち発信する側――医療者やセラピスト、患者さんの支援者としての役割や責任について、いっしょに考えてみたいと思います。
正直に書くと、このテーマが一番難しいです。なぜなら、私自身に問いかける内容だからです。
善意が暴走するとき
私たち医療者や患者さんを支援する方々は、「誰かの役に立ちたい」「助けたい」という『善意』の思いで言動します。しかし、その『善意』が時に暴走してしまうことがあります。
「この方法は絶対に効く」
「私の経験では、こうすれば治る」
そう信じたい気持ちが強いあまり、断定的な言葉を使ってしまう。助けたい気持ちが強すぎて、相手の不安を煽ってしまったり、自分の成功体験を押しつけてしまったり。
私自身も、振り返ると反省することがいろいろあります。
専門家が陥りがちな3つの罠
善意の暴走だけではありません。専門家が陥りがちな罠は、他にもあります。
1. 自分の成功体験の一般化
たまたま一人の患者さんに効果があった方法を、「これはみんなに効く」と思い込んでしまう。
第2回「パワーワード」のブログでもお伝えしたように、一人だけに効果があったという事例では、統計的な意味を持ちません。しかし、目の前で良くなった人を見ると、つい「これが答えだ」と思ってしまうのです。
2. 資格への過信
資格を取るために勉強したことと、実際の臨床現場で起きることは、必ずしも一致しません。教科書には書いていない、一人ひとり異なる複雑さが、臨床の現場にはあります。
資格取得はあくまでスタート地点であって、ゴールではないのです。
3. 確信バイアス
自分の信じる方法に合う情報だけを集め、都合の悪い情報を無視してしまう傾向です。「やっぱりこの方法は正しかった」と思いたいあまり、反対意見や失敗例から目を背けてしまう。
専門家ほど、この罠に陥りやすいように思います。
誠実な発信のための3つの姿勢
では、『誠実な発信』とは何でしょうか?
私は、以下の3つが大切だと考えています。
1. 「わからない」と言える勇気
専門家だからといって、すべてを知っているわけではありません。
知らないことは知らないと認める。
その正直さこそが、本当の専門性だと、私は思います。
2. 限界を伝える責任
「できること」と「できないこと」を、正直に伝える責任があります。
· 「この治療で治る保証はありません」
· 「効果には個人差があります」
· 「他の選択肢もあります」
こうした言葉は、逃げではありません。
相手を一人の人間として尊重する誠実さの表れです。
3. 「あなたの場合は」と個別性を大切にする姿勢
一般論ではなく、目の前のこの人にとって何がベストなのか?それを一緒に考える姿勢です。
診療ガイドラインやマニュアル通りだけの対応ではなく、その人の背景、価値観、生活環境すべてを考慮した、オーダーメイドの支援が求められます。
希望と誠実さの狭間で
ここで、最も難しい問題が出てきます。
「治らないかもしれない」と正直に伝えたとき、相手から希望を奪ってしまうのではないか?
そんな怖れです。
実は、これが一番悩むところなんです。
· 希望を持ってほしい
· でも、嘘はつけない
· その間で、どう言葉を選ぶか
伴走するという姿勢
私が大切にしているのは、『伴走する』という姿勢です。
治せるかどうかわからなくても、一緒に考え、一緒に悩み、そばにいる。
答えを出す人ではなく、一緒に歩く人(伴走者)でありたい。
それが、医療者や支援者としての大切な役割なのではないかと思います。
答えを持っていなくても、一緒に歩むことはできます。完璧な解決策を提示できなくても、その人の苦しみに寄り添うことはできます。時には、何も言わずにただそばにいるだけでも、それが支援になることがあります。
言葉の力を慎重に扱う
言葉には、人を動かす力があります。
励ますことも、傷つけることもできる。希望を与えることも、絶望させることもできる。だからこそ、その力を慎重に、丁寧に使いたい。
· 美しい言葉に酔わないこと
· 誠実な言葉を選ぶ努力を続けること
· 希望の裏側にあるリスクも正面から見つめること
おわりに
誠実さは、わかりやすさよりも伝わりにくいものです。時間もかかります。
「これで治ります」と言い切る方が、はるかにシンプルで、人を惹きつけます。
でも、本当の信頼は、そこからは生まれません。
本当の信頼は、誠実さの積み重ねからしか生まれない。
私はそう信じています。
誠実さを持って、丁寧に言葉を選んでいく。それが、私たち医療者や支援者にできることだと思います。
シリーズを終えて
4回にわたって、「言葉と信頼」についてお話ししてきました。
この内容が、誰かの「考えるきっかけ」になれば嬉しいです。
発信する側の人にとっても、情報を受け取る側の人にとっても、少しでも役に立つ内容だったなら幸いです。
言葉の力を信じながらも、その力に流されないように。受け取る側も、発信する側も、誠実な言葉を選べる人でありたい。
それが、「希望を届ける言葉」の第一歩だと、私は思います。
【言葉と信頼シリーズ・全4回】
· 第1回:資格と信頼のあいだ ― 曖昧さを怖れず、誠実に伝える
· 第2回:パワーワードの魔力 ― 言葉に操られる時代にどう生きるか
· 第3回:情報の海で溺れないために ― 調べる力と判断する力
· 第4回:誠実さを届ける側の責任 ― 医療者・支援者としての役割(本ブログ)
このシリーズが、皆さまの日々の判断や、専門家との関わり方において、少しでもお役に立てれば幸いです。




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