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在宅がん緩和ケアは生存期間を縮めない


 自宅で治療・ケアを受けた進行がん患者(自宅群)と、緩和ケア病棟で治療・ケアを受けた進行がん患者(病棟群)の生存期間に違いがあるか、という興味深い研究が筑波大学さんが中心となり、今月13日に論文報告されました。


 在宅医療を行っている国内45施設で2017年7月から12月の間に訪問診療を受けた患者さん、また国内23施設の緩和ケア病棟に2017年1月から12月の間に入院した患者さん、総数2878名を解析対象に調査が行われました。PiPS-A(modified Prognosis in Palliative Care Study predictor model)という客観的な予後予測指標に基づいて、予後が日の単位、週の単位、月の単位の3群に層別化し、それぞれの群において自宅群と病棟群の患者の生存日数を比較したそうです。以下に論文の結果を引用させていただきます。


 『自宅、もしくは、緩和ケア病棟での治療・ケアが開始された時点での体調や症状、亡くなるまでの症状や、受けた治療・ケアを考慮して、最期の時間を過ごす場所が生存期間に与える影響を検証した結果、自宅群の方が生存期間が長いことが分かった。また、客観的な予後予測指標であるPiPS-Aによって予後が月、もしくは週の単位と見込まれる群においては、自宅群の方が、病棟群に比べて生存期間は有意に長かったのに対し(月単位、自宅群平均65日間、病棟群平均32日間、p<0.001)(週単位、自宅群32日間、病棟群22日間、p<0.001)、予後が日の単位で見込まれる群においては、過ごした場所によって生存期間に有意な差はなかった(月単位、自宅群平均10日間、病棟群平均9日間)』(TSUKUBA JOURNALより引用)


 この論文の解釈について、著者らは『本研究では、亡くなるまでの症状や、受けた治療・ケアが、時間とともにどのように変化して生存期間に影響したかということが考慮されていないため、「自宅の方が長生きする」とまでの結論はできませんが、今回得られた知見は、自宅で最期の時間を過ごすことが生存期間を縮めるのではないかと心配する臨床医や患者、家族に対して、「その可能性は低い」という説明に活用できると考えられます。』(TSUKUBA JOURNALより引用)としています。

 気をつけなければいけないことは、①この研究は比較試験でないこと(そもそも比較は難しい臨床研究かもしれません)、②入院だからといっても短命だとは言い切れないこと(予後が月または週の単位の群では在宅のほうが統計学的には有意に良くなっていますが)、③在宅診療体制が整っている場合(地域格差がある)という条件付きでもあること、等が挙げられます。


 示唆に富むこの論文報告に関連して、ちょっと気になる点があるとすれば、特に②について西洋医学否定派の一部の論客から「病院に入院していると短命になる」と、著者の見解とはズレて拡大(誤認?)解釈されないか?という懸念でしょうか。①③と合わせればこのような見解にはなり難いと思いますが、一部の結果だけ都合よく採用するネット情報や一般書籍って少なくありません。

 添付が、有意差を持って在宅のほうが予後良好と拡大解釈されそうな「月単位の予後予測グループ」の図です。見た目はたしかに病院より自宅のほうが長生きですが…。



 とは書いたものの、がん終末期と診断された方々が希望されてご自宅に戻ると、(多くのお医者さんが比較的短めに宣告する)予後予測期間より長く生存され、そして何より入院中よりも表情が生き生きとされる方が多い、という印象は、私が医者になってからずっと感じてきたことでした。先ほど誤認と書いた部分と相反するようなコメントになってしまい恐縮ですが、同じようなことを多くのお医者さんがおっしゃってますね。

 病院だと命を縮める、というのではなく、自宅に帰るとけっこう元気になる、という感じです。どう違うのか?とやっぱり反論されそうですが…医原性に寿命が縮められるというのではなく、自宅だと自己治癒力が高まるみたいな人知を超えた変化が起きやすいと言い換えれば良いでしょうか?


 2016年に別のブログ「仮面放射線腫瘍医の思いつき日記」で、私のそんな臨床経験談を書いたことがありました。自分のブログなので、そのまま以下に転載します。


『先日、私が20年近く前に当時上司とともに入院診療を担当させていただいた方の娘さんが、超久しぶりにわざわざ私の所へご挨拶に来てくださりました。


 当時その方はある進行がんだったのですが、今後の治療方針について当時の上司と若輩な私の意見が割れていました(実はその方以外でもしばしば意見が割れていたのですが…)。で、娘さんを含めたご家族も交えていろいろ相談した結果、最終的にご本人が私の治療方針を選択なさりました。

 その後ほどなくして私は医局人事で当時所属していた大学病院に戻ることになってしまったのですが、その方は在宅でしばらく苦痛もなく過ごされ、上司の予測より半年ほど長く在宅で元気に過ごされたとのことでした。娘さんは「(若輩の)私の助言があったから元気に延命できました」とおっしゃってくださりました。


 今回、たまたまその方のご家族の方が入院治療されていて、病院のホームページを見ていたら私が当時所属施設と同じ県である今の病院に勤務していることを知ったとのこと。「亡き父が引き合わせてくれた」と当時の御礼にとプレゼントまでいただきました。それってどうなの?という反対意見の方もおられましょうが、(後で開けてみたら私にとって貴重な日用品でしたし)お気持ちがとても嬉しく遠慮なく頂戴いたしました。

 いろいろな意味でありがとうございました。


 今でこそ在宅がん診療は全国各地に普及するようになってきましたが、私が関わった20年も前は在宅医療そのものが先駆的な地域でした。まず、がんの告知が一般的ではなかったし、介護備品も整備されていなかったし、在宅医療医や訪問看護や地域医療連携室などもまともに機能(≒存在すら)していませんでした。


 ということで主治医の上司か私が病院看護師さんたちと直接往診に伺い、点滴・処置やお看取りまでも私たちがご自宅で担当させていただきました。一部の診療所の先生と多少連携をとれることもあったような気もしますが、私たちがほとんど請け負って在宅診療をしていました。


 当時から「在宅だと元気になられるな~」といろいろな方の往診に伺いながらよく思ったものでした。


 化学放射線治療の甲斐なく終末期となってしまった若い子宮癌の方がいました。狭くて暗いバラックのような古い長屋に何人もの家族がひしめき合うお宅でしたが、入院中には見たこともないような笑顔でみんなに囲まれて過ごされていたのが印象的でした。がん性腹膜炎で食事は全く食べられなかったのですが、好きなコーラを頑張ってちびちび飲むだけで1か月余り過ごされました。

 入院中にあった足の浮腫みも徐々に改善し、最期はほとんど苦痛なく過ごされました。なんでもかんでも高カロリーな点滴や栄養をすれば良いというものではないと改めて教えていただいた方でした。』(「仮面放射線腫瘍医(私)の思いつき日記」より引用)



 以前のブログで書籍をご紹介した故シャムレッフェル・レックスさんも、(私の予測をはるかに超えて)ご自宅で長くお元気に過ごされた進行がん患者さんでした。自宅で過ごせる環境があるならば、やっぱり自分の家は良いですよねー。


 医療の均てん化、地域格差の是正。先月に閣議決定された第4期がん対策推進基本計画にも盛り込まれている項目の一つです。地域的に人的に在宅医療の環境が十分とはいえないがため、自宅での終末期がん緩和ケアが難しい方々に対し、少しでもその環境へ近づけるような整備をどのようにしたらよいか。国レベルで抱える大きな課題の一つです。

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