【まずは知る①】「死」のタブーを超えて〜キュブラー・ロス医師の35年
- 和田仁
- 2 日前
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更新日:1 日前
みなさんは、エリザベス・キュブラー・ロスという精神科医の名前を聞いたことがありますか?医療や福祉に関わる方なら、きっとご存じだと思います。1969年に出版された『死ぬ瞬間』という本の著者です。
この本は、当時タブー視されていた「死」について、初めて正面から語った画期的な著作でした。ロス先生はシカゴ大学で終末期の患者さんにインタビューを重ね、悲嘆の5段階――否認、怒り、取引、抑うつ、そして受容――というプロセスを提示しました。
この本が与えた影響は計り知れません。医療現場で死が語られるようになり、ホスピスや緩和ケアの発展を後押ししました。今でも世界中の医療教育で読まれ続けています。
でも、今日お伝えしたいのは、実はロス先生のその後のことなんです。
『死ぬ瞬間』の後の35年間
『死ぬ瞬間』が出版されてから、ロス先生が亡くなる2004年まで35年もの間、彼女は何千人もの臨終に立ち会い続けました。
そして晩年、彼女は、悲嘆のプロセスだけでなく、多くの患者さんが語る「臨死体験」や「死後の世界からのメッセージ」という、科学では説明のつかない事実に真摯に向き合い続けます。
ロス先生は、心理的な悲嘆のプロセスを超えて、「死の瞬間、実際に何が起きているのか」という事実に目を向けたのです。
彼女は、担当していた患者さんたちが、死に直面する時に体外離脱体験をしており、離脱中の描写があまりに正確だったことに驚きました。これらの体験が相次ぐ中、彼女は「魂は肉体が停止した後も存在し続けるのではないか」という問いを深めていきました。
しかし、彼女のこのスタンスは、当時の主流な科学や医学から強い批判を浴びる原因ともなりました。
「科学的ではない」と…
「信じる」ではなく「知る」
ここで大切なのは、彼女の姿勢です。ロス先生は「死後の世界を信じなさい」とは言いませんでした。
そうではなく、「こういう体験を報告する人がたくさんいる、という事実をまず知ってください」と語ったんです。これは、研究者としての誠実な態度だと思います。
二つの異なる方向性
『死ぬ瞬間』と晩年のキュブラーロス先生のご活動、この二つは方向性が少し違います。
『死ぬ瞬間』(1969年)
死にゆくプロセスの心理学的な観察
悲嘆のプロセスを理解し、医療者や家族がどう向き合うか
科学的な枠組みの中での研究
晩年の活動(1970年代後半〜2004年)
患者さんたちが「何を見たか、何を体験したか」という報告に注目
死そのものの「向こう側」への関心
科学の枠を超えた領域
世の中では、『死ぬ瞬間』という書籍の影響が重視されています。それはもちろん正しい評価です。
でも、ふと私は思うんです。
もしかしたら、ロス先生ご自身が一番、このもどかしさを感じていたのかもしれない、と。
自分が本当に大切だと思うこと、現場で35年間積み重ねてきた観察が、なかなか理解されない。批判さえされる。それでも彼女は、講演を続け、書籍を出し、語り続けました。
私は、ロス先生の専門家でも研究者でもありません。ただ、一人の医療者として思うのは、35年間も現場で患者さんに向き合い続けた人の、積み重ねられた観察と洞察にこそ、本当の価値があるんじゃないかと。
事実を知ることで癒やされるもの
がん治療や緩和ケアを提供する私たちにとって、ロス先生が残した最大のメッセージは、「死の恐怖を和らげる鍵は、そのタブー視された事実を知ることにある」ということです。
信じる、信じないではなく、まずは「そういう報告がある」という事実を知ること。それが、死への恐怖や向き合い方に、何か新しい視点をもたらしてくれるかもしれません。
臨死体験や死後の世界の真偽を断定することはできません。しかし、多くの専門家が「不思議な事実」を報告していることを知るだけで、患者さんが抱える死への根源的な恐怖は大きく和らぐことがあります。

今回から始まった【まずは知る】シリーズでは、「事実の観察」のスタンスを基軸に、日本の臨床現場の具体的データへと話を展開していきます。




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