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右目が飛び出そうな腫瘍も5年以上局所制御:動注化学陽子線治療の自験例


 私が陽子線治療を実臨床で始めたばかりの頃に担当させていただいた女性患者さん(ここではAさんとします)の臨床経験について、ブログでご紹介させていただきます(旦那様からご承諾済)。


 初診時のAさんは、つばが広い黒のバケットハット(帽子)を深くかぶり顔が見えないようにうつむきながら診察室へ入ってきました。そして、なかなか帽子を取りませんでした。診察が必要なので、帽子を取っていただくと、「この顔、何とかなりませんか?」と号泣されました。

 品の良さそうな雰囲気の中年世代の方でしたが、顔の右半分が腫瘍で腫れあがり、右目は下方に押されていずれ飛び出てきそうな変形をしていました。例えると、四谷怪談のお岩さんの絵に描かれているような感じでした。お岩さんはトリカブトという毒を盛られて顔の神経がマヒしたという話らしいのですが、絵で描かれた顔の腫れ方は癌です。女性にとって(いや男性でも)日常生活をするにはつらすぎる状態でした。 https://ibarakijibika.bitter.jp/hana1999b.html


 かなりの局所進行がんでしたが、動注化学療法併用の陽子線治療が先進医療で適応となる病状でした。がんからの出血や悪臭といった緊急を要す付随症状はなかったのは不幸中の幸いでしたが、精神的負担がかなりある様子だったので急いで入院治療の準備を進めました。

 入院治療を開始してからも、Aさんはずっと個室の病室にこもっていました。治療により急激に縮小するタイプのがんではなかったので、しばらくは顔が腫れたままで病院スタッフ以外との交流をずっと避けていたAさんでした。


 予定の治療が終了近くなった二ヶ月が過ぎようとしていたころに、やっとだんだんAさんの大きな腫瘍は縮小してきました。治療の副作用で粘膜炎や皮膚炎はそれなりにありましたが、右目のまぶたも開くようになってきました。さらに幸運なことに、治療前に腫瘍でかなり押しつぶされていたにもかかわらず右目の視力は保たれていました。

 退院の日、Aさんは泣きながら笑顔で「和田先生、本当にありがとうございました。ここの病院に来た時は絶望で死にたい気持ちでいっぱいでした。こんな(退院の)日が来るなんて、思いもしなかったです。ここに来て良かった。」とおっしゃっていました。そして、つばが広い黒のバケットハットはもちろんかぶらずに、綺麗にお化粧をしたAさんはご家族とともに無事に帰宅されました。

 


 南東北がん陽子線治療センターさんは開設時から頭頸部腫瘍に対する陽子線治療を積極的に行う施設で、いまでも全国から多くの方が治療相談で受診されます。また、化学療法も腫瘍に選択的に動脈から注入し静脈で解毒する方法(動注化学療法)を選択肢にしているのも特徴の一つです。陽子線も動注化学療法も殺細胞効果を腫瘍に集中し、正常細胞をなるべく保護するという点で患者さんの体の負担を減らすことのできる優れた治療法です。

 動注化学療法は普通の点滴静注化学療法より全身への影響が少ないことも、患者さんにはありがたい点です。動注化学療法同時併用放射線治療、上顎洞癌に関しては有効性と安全性がかなり期待されていて、JCOG1212という日本での有名な多施設臨床試験が行われています(正式な結果報告はまもなくのよう)。


 上顎洞癌以外の頭頸部腫瘍の方にも、病状次第ですが併用をする場合があります。医学的根拠(臨床試験)での課題はありますが、局所進行がんだと普通の化学放射線治療では治りにくいのです。


 実はAさん、外来での経過観察中に残念ながら遠隔転移が出現してしまいました。そして、転移の治療後には、車いす生活を余儀なくされてしまいました。しかし、遠方にもかかわらず私の外来受診も引き続きご希望され、ご家族の献身的な協力もあって地元の病院と連携しながら、時々通院していただきました。本人ご家族が希望される受け入れ施設を探すのに難儀しましたが、在宅診療への移行後は電話での体調相談もさせていただくことがありました。初回治療から5年以上が過ぎていました。治療の影響で右視力は年単位で徐々に低下してしまいましたが、最期まで見た目は治療をしたのかわからない状態だったそうです。あの「お岩さん」状態から5年以上もキレイに局所制御されました。


 今は亡きAさん。訃報の連絡はいただいてましたが、旦那さんらご家族がしばらくして、わざわざ私の外来へご挨拶に足を運んでくださりました。小さなお子さんを連れて、Aさんのお孫さんでした。

 実はAさんが治療を始めたころ、娘さんはご結婚されたばかりで、Aさんはまだ見ぬお孫さんの顔を見ることが夢だったそうです。5年を過ぎ、かわいいお孫さんとの生活も実現して、Aさんはとてもうれしそうだったと旦那さんが教えてくれました。


 Aさんの好物だったらしいQなっつ、お土産にいただきました。ありがとうございました。病院で利用者さんたちからお土産をもらうのは原則として禁止というお触れは知ってましたが、もらっちゃいました。おいしかったです。




 

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