• 和田仁

患者の声は届いているか? <いのち>とがん 患者となって考えたこと 坂井律子著 岩波新書


 著者の坂井律子さんはNHKで教育、福祉、医療の番組を手がけられたテレビディレクターでした。残念ながら2018年11月26日、坂井さんはすい臓がんで亡くなられたそうです。この書籍は初版が2019年2月なので、ご自身が書籍を手にすることはできなかったのかもしれません。 

 坂井さんは『自分ががんになって、生きるために必要な情報や、「ほんとはどうなの?」と知りたいことが、かなり探さなければわからないことに気づき、がくぜんとした』そうです(朝日新聞DIGITAL記事 がんとともに がんのTVディレクターが知った「死の受容の嘘っぽさ」河原理子さん筆;より引用)。すい臓がんの再再発で心身ともに消耗しているだろう中、NHK同期の友人にも勧められ、この書籍を執筆されたとのことです。


 『もし誰かの気持ちのどこかに届くものがあれば、とても嬉しい。』と書籍の「はじめに」に記されています。はい、私の気持ちの中に、むちゃくちゃ届きました。特にII章の『直面 患者の声は届いているか』には、患者さんの目線から見た現在の日本のがん医療の問題点や課題が数多く記されていました。その中で私が特に注目した項目について、書籍の一部などを引用させていただきながら以下に列記し、読書感想文としてみなさまと情報共有させていただきます。

 私(くりにっく)がこれからすべきこと、目指す方向性を、いろいろな角度から教えていただきました。この本に出会えてよかったです。坂井さん、ありがとうございました。


1.「患者が本当に知りたいこと」を知るための患者体験データベースの必要性

 坂井さんは、世界で初めて素粒子ニュートリノに質量があることを発見された物理学者の戸塚洋二氏が書籍「がんと闘った科学者の記録」に残された以下の文章を引用されています。『われわれにとって本当に必要なのは、しっかりと整理され検索が体系的にできる「患者さんの体験」なのです。当然ですが、これらの整理された体験談は例数が増えるに従って学術的にも貴重なデータになることは間違いありません。(中略) そのように整理された体験談があれば、検索によってその記録を見つけ、私にとって大変参考になる情報なら「自己責任」でもってそれを利用すればよいのです。(中略) このためには、どうしてもがん患者が記録を残さなくてはなりません。』(p.87より引用)

 現在、日本でも主要な基幹病院によりがん登録が開始され、ビッグデータが蓄積されてきています。しかし、それでも、坂井さんは『戸塚氏の言う「患者が本当に知りたいこと」を知るための患者体験データベースの必要性は、なくなっていないと思う。』(p.88より引用)と、現在の医療データベースはほぼ医療者が利用するためのものでしかないことを指摘されました。私が知る範囲ではありますが、たしかにそのような「患者さん自身が直接活用できる」多施設共同の医療データベースを確認したことがありません。


2.治療しないことや、代替療法に走りたくなる気持ちを否定できない

 坂井さんは、ご自身の経験で『この二年間もっとも辛いのは「倦怠感」「重苦しさ」「身の置き所の無さ」など、どう言っていいかわからない、その感覚であった。(中略) 自分が自分でなくなる感覚は、避けられない。だから、治療をしないことや、時にいかがわしいと言われる代替療法に走りたくなる気持ちをまったく否定することはできない。』(p.90より引用)と記されています。

 補完代替療法は、科学的根拠に乏しい宗教的な信念やお布施(商品)のような側面がある点を問題視されることが多いです。西洋医学で苦労してきちんとしたデータを出そうとされている医学者の先生方の一部には、そのあたりを糾弾され、そういった療法を全否定される方も少なくありません。ただ、現代医学も基本的に確率統計論や基礎的推論であり、個々の将来的経過については不透明な要素がたぶんにある科学です。エビデンスはもちろん大事ですが、西洋医学だけに固執するのもエビデンス信仰の「科学教」とも言えなくはない気は私もします。現場に立つ医療者としては時に難しい判断を求められますが、補完代替療法(を受けられる方々)を是認することも必要な部分ではないかと思っています。


3.何を食べたらいいのか;食べることは生きること

 坂井さんは、がんになってから何をどのように食べればよいのかが『ずっと「人生最大の課題」になっていた』と書籍の中で記されています。また、食べられない苦しみに対して、次の3つの課題を彼女は示されました。

・「食べられない自分」を受け入れられない

・ざっくりした栄養指導;ディテイルがわからない

・蔓延する食餌療法情報

 そして、そんな坂井さんご自身を救ってくれた一冊のレシピ集として、静岡がんセンターと日本大学短期大学部食物栄養学科が編集した「抗がん剤・放射線治療と食事の工夫」(女子栄養大学出版社)という書籍を紹介されています。がん治療時の食事についての具体的なアドバイスを多く提案した、評価の高い書籍です。また、坂井さんは『病院内外で栄養に携わる栄養士や調理師、看護師など専門職の方々がもっと前面に出て力を発揮されること、それを支えるシステムや予算の裏付け、家族の献身に頼らないという意識の改革まで、がん患者の「食」を支えることを考えてほしいと思う』(p.102より引用)と、今後への希望を述べられていました。

 医師法などのルールの関係もあり、医療機関は医師主導で動きがちな構造となっています。しかし、それぞれの専門家であるコメディカルがもっと自由に個人個人で(経済的にも)動ける環境が構築されてくれば、「食」に限らず悩んでいるがん患者さんで救われる人は増えるだろうと思います。前回のくりにっくブログでも書きましたが、「現場で頑張ってきた各部門の専門家たちが、病院といった大きな組織に所属せず(もちろん所属していても兼任できれば良いのです)、個人個人でゆるくつながる新しい医療の形。縦割り的な病院従業員ではない、クモの巣の糸のように細くてもしっかり連携した個人同士のつながりで、利用者さん自身が必要な時に欲しいサービスを自由に選べる、新しい医療の形」が、がんの食事の分野でも必要なのだと認識させていただきました。

 

4.身体の苦痛と心の動揺の連続を他の人はどうやって乗り切っているのか? 

 坂井さんは肝臓とリンパ節に多発転移があることを知った時に、『いったい、このような体験をほかの患者の人たちはどのように乗り越えているのか?探してみると、「もしも、がんが再発したら」という書籍があった。冊子として発売されているだけでなく、国立がん研究センターHPで、無料でPDFがダウンロードできる。(中略) 失礼を顧みず正直に言えば、私自身の感じたショックとそれに対する解決には、あまり結びつかなかった。それは、ひとつにはこの冊子が、読む人をいきなり「前向きに」導こうとしていることにある。(中略) 冊子は、患者の心の動きや具体的な支援を解説している。そしてその冒頭には、患者さんの体験が、見出しのように掲げられている。それは、プライバシーを守るために枝葉末節がそぎ落とされ、誰も傷つけないようにドロドロしたものを拭い取り、短く編集された体験談である。(中略) どんなにそれが過酷でドロドロしていても、患者の体験談を枝葉末節まで含めて読めるようにできないのだろうか?』(p.116−119より引用) と、ご自身の心境と要望を率直に表現されました。

 『もっとも重要なのは「患者が求める相談とは何か」を考えることだと思う。静岡がんセンターの調査が明らかにした「相談できない悩み」とは何か?患者自身が一人で解決する悩みと、それを支える方策とは何なのか?』(p.139より引用)と坂井さん。そんな彼女を支えてくれた一つとして、有名な施設「マギーズ東京」を挙げていました。マギーズ東京は、『がんになった人とその家族や友人などが、とまどい孤独なとき、気軽に訪れて、がんに詳しい友人のような看護師・心理士などに、安心して話せる場』(マギーズ東京さんHPより)として、無料で利用できる東京の豊洲市場の近くにある施設です。


 『患者は治療をがんばりたい。ふりと言われてもがんばりたい。そして、家で洗い物をする、掃除をする、食事を作る、なんでもない会話を家族とする、そういう日常がどれだけ大切か、それをどれほど失いたくないかを毎日感じている。それが大事であるからこそ、洗い物をする前に時間と場所が必要なのだと思う。』(p.153より引用)。坂井さんにとってマギーズ東京は、居心地が良く気持ちの良い場所だったそうです。患者さんにとっては必要不可欠なもので、そんな場所がもっとたくさんあればと願いを記されていました。

 マギーズ東京は主に寄付から成り立つ施設とのことで、欧米のようにキリスト教文化で寄付が普通に行われる地域とは言い難い不況の日本での経営継続は大変と伺っています。ただ、有料ではありますが、癒やしのリトリート施設は全国にもいくつか存在します。がんコーディネートくりにっくでも、いつかそのような居心地が良く気持ちの良い場所で多くの方々と交流するイメージを持ちながら日々の診療を続ける昨今です。


5.死の受容という考え方があまり納得できなかった

 坂井さんご自身の正直な気持ちとして『死の受容という、言葉を言った先人としてあまりにも有名なのが、日本では「死ぬ瞬間」という邦訳タイトルの著作で知られるエリザベス・キュブラー・ロスである。このロスの「死の受容」については、健康な時に、ある番組を作るために、勉強のために読んだのだけれども、私はこのロスの考え方や、受容という考え方が、それを目にしたときからずっと、あまり納得できなかったし、今回自分がこのような病気になって見て、やはりあまり納得することができなかったように思う。』(p.204−205より引用)と記されています。

 医療従事者(だけでないのでしょうが)は有名な信頼する先生のデータや見解などに共鳴・共感すると、それにとらわれて相手(患者さん、利用者さん)にも正論として自身の考えを「押しつけ」がちに教えるようなところが少なからずあります。かくいう私も、しかりですが…。ロスも必ず「死の受容」の時期が来ると言っていたわけではありません。


 坂井さんが本文の最後に書かれた『そこにあるまま、そして、受け入れることができないまあ、それでもいいのではないかと思って、最後まで生きるしかないのではないだろうか。当たり前のことだけれど、人は死ぬまで生き続ける。だから、死を受け入れてから死ぬのではなくて、ただ死ぬまで生きればいいんだと思う』(p.218より引用)。これは、とても大事なことなのだろうと私は思います。そして、もしかしたらそれこそが坂井さんにとっての「死の受容」だったのかな?とも思ったりしています。



 最後になりましたが、坂井さんのお悔やみを心より申し上げます。この書籍、がん診療に携わる医療者はぜひご一読してほしいです。