先日、緩和医療系の某会合に参加した際、緩和的粒子線治療についての議論が少しありました。会議の内容についてはこのブログでのご紹介はまだできませんが、聞き慣れない言葉だと思う方が大半なのではないでしょうか?
放射線治療には大きく分けて、がんを治す目的の「根治的放射線治療」と、がんの症状をやわらげる目的の「緩和的放射線治療」があります。前者は、将来的な後遺症は起きないように配慮しつつ、正常組織が耐えられる限界近くまでがん細胞へ放射線をあてる治療をさし、ここでは術前や術後の放射線治療も含みます。
一方、後者はがんを完治させるためではなく、治療中〜数週後までの副作用も極力減らせるような比較的少量の放射線照射でも、がんによるつらい症状を改善させることができることを目的としています。
陽子線や重粒子線(炭素イオン線)は基本的に「根治的粒子線治療(とあえて表記)」が可能な病状が対象とされ、保険診療や先進医療で行われることが大半です。最近、頭頸部がんで保険収載されたBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)も基本的には根治可能と評価されるがん患者さんが対象となります。しかし、どの粒子線治療であっても、腫瘍縮小によりがんの症状緩和にも役立つことがしばしば経験されます。ちなみに転移病巣であっても、根治が期待される限局性の転移巣(肺、肝、リンパ節)の場合は、先進医療粒子線治療の対象となります。
しかし残念ながら脳転移や骨転移は先進医療に該当せず、粒子線治療の場合は自由診療での治療となります。まだ根拠が乏しい(かつ先進医療対象外な)ので、日本国内ではどんなに頑張ってお願いしても治療さえしてもらえない場合がほとんどな自由診療となってしまいます。もっとも、サイバーナイフなどの高精度X線治療でも十分に効果が見込めますし、保険診療で認められる病状はけっこうありますけれども。
一方、「緩和的放射線治療」は基本的にがんを治す放射線治療ではないのですが、骨転移による痛みなど、がんの諸症状を緩和するものです。血管や気道の狭窄閉塞改善、先日もブログで取り上げた腫瘍からの出血に対する止血など、原発巣が原因であろうと転移巣が原因であろうといろいろな症状に効果が期待されます。大半のものが保険診療によるX線治療で実施されますが、正常組織の後遺症が気になるような高線量で治療しなくても大丈夫です。骨転移による痛みについても、いまだ多くの放射線腫瘍医に好まれる5回1週間や10回2週間の標準治療でなくても、8Gy1回…いや副作用がほとんど出ない4Gy1回だって実は効く人がいたりします。
もちろん、粒子線同様にX線による根治的放射線治療が結果として症状緩和につながることは多々あり、私たち専門医からしても根治的放射線治療と緩和的放射線治療の境界はかなり不明瞭です。院長が昔書いた仮面放射線腫瘍医ブログでも「緩和的放射線治療」についてはいろいろ書いてました。もしお時間があったらご覧いただければ幸いです。
医療資源の有効活用のため粒子線治療の対象は根治可能症例に限定すべき、とおっしゃる専門家の先生方がいらっしゃいます。緩和的放射線治療に高額な粒子線治療をするなんてぼったくりみたいなもの、という揶揄を耳にしたこともあります。そういえばその昔、粒子線治療そのものをナンセンスとおっしゃった当時某病院所属の先生のことを取り上げたこともありましたね。
はたして、粒子線治療を根治例に限定すべきなのか、緩和的放射線治療には高額すぎるのか?大学病院などの偉い先生方にありがちな症例トリアージ的なご意見も、粒子線治療にある程度たずさわってきた(大学病院にも何年か所属してきた)医療者としてわからなくはありません。研究者としては、将来のためにデータをきっちり出さないといけないというご意見も、まーねぇとうなずく部分もないわけではありません。そもそも先進医療ってすごーく大変な手順を踏んでようやく国から認められた近い将来の保険収載を目指した期間限定の特別ルールであり、勝手に何でもできるというものではないですからね!というお話も私なりに存じあげてはいるつもりです。
でも。 でも! でも!!
仮にがんが治らなかったとしても、粒子線は正常組織のよけいな被ばくをかなり減らすことができるんです。たとえ緩和的放射線治療だったとしても、いや体調がすぐれない方が多い緩和的放射線治療だからこそ、病巣に同じ量の放射線治療を照射するなら身体のダメージが少ない粒子線治療のほうが良いに決まっているんです。
私は決して全額自費で数百万円もする粒子線治療を緩和的放射線治療で「押し売り」するつもりはありません。ただ、数百万円の医療費が高いか安いか、これは人それぞれの価値観です。高額かどうかは、提供する医療者の判断で決めるものではないと思います。もちろん、価値(客観的な評価)の判断を一般の方(利用者)に求めるのは無理があるというご意見はごもっともです。だから、私はそのような方々に「第3者施設として客観的な立ち位置で」私なりに適切だろうと思うコーディネートができれば良いなとも思っています。
いつの日か緩和的粒子線治療という言葉が一般的になり、がんの諸症状で心身がへばってきてしまった方々への症状緩和の放射線治療ご提案に対し「粒子線なんてナンセンス」などと言われず、より負担の少ない放射線治療がより安価にご提供できるようになる時代が到来しますように!
いろいろな地方病院で地域に密着した放射線腫瘍医生活が長く緩和的放射線治療にはそれなりに思い入れがあった院長の願望を最後に書きました。もし不適切な表記がございましたら、ご容赦願います。
あ、粒子線は当日緊急での緩和的放射線治療なんかできないでしょ?というご意見、ごもっともです。それについてはまた改めて別のブログで話題にしたいと思います。
PS:添付画像は20年ほど前に某病院退職時に記念品としていただいたメッセージ入り板です。その頃(から)、上司とスタッフ間の長期いざこざで板ばさみにあっていたのですが、私のことを「板挟民族(いたばさみんぞく)」と呼び気を配ってくださった(今は某病院院長として大活躍されている)他科の先生からいただいた板です。当時の記念品でまだ残っているのはこれだけかもしれません。
平成時代の勤務医生活ではいろいろな施設で板挟民族でしたが、いろいろな列強大病院から独立開業した令和時代からはまだまだ少人数ですが、はさまずはさまれず進んでまいります。
また(くりにっくとしての)お仕事ができると良いですね、本田センセ!
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