• 和田仁

昭和時代の放射線治療がIMRTに優った方(その2:陽子線での再治療)


 予定の放射線治療が失神発作なく無事に終了し、ご自宅へ退院されました。その後、遠方ではありましたが私の外来へ定期通院していただくこととなりました。耳鼻科的な処置を含め、本人家族のご希望で紹介元の某がんセンターさんではなく、ご自宅近くの病院の耳鼻咽喉科さんとの併診をしていただける段取りとなりました。

 とはいえ、とりあえず症状軽減を主目的とした緩和的放射線治療の少ない総線量でしたから、体表からも巨大腫瘍はまだしっかり触知されていました。また、外来でCTやPETCTの検査をしても依然として大きながんのかたまりが画像に写っていました。しかし、痛みを含めてご本人の症状は改善しており、また不幸中の幸いで遠隔転移の出現も認めませんでした。


 そこである定期診察の時、患者さんと相談し診察室のベッドに横になっていただき、仰向けの状態でしばらくじっとしていただくようお願いをしました。患者さんはドキドキ、実は私もドキドキしながらの診察でした。しかし、前回放射線治療をした時より自覚症状ははるかに楽になっていて、そしてなにより失神発作は誘発されませんでした。明らかに初回の追加放射線治療が功を奏していました。


 「(再々照射だけど)今なら某がんセンターさんで断念した高精度放射線治療ができるかも!?」

 実は初診時から、今の段階に変化すればもしかすると根治を目指せる状態になる可能性はある、とこっそり考えていました。


 もともと放射線治療でそこそこ腫瘍が縮小しそうなタイプのがん細胞ではあったので、失神発作さえ出なければ某がんセンターさんで当初予定されていたような高精度放射線治療がベストだったことは前回ブログでも記した通りです。そして、南東北病院さんはBNCTや陽子線治療、サイバーナイフといった世界有数の放射線治療装置という選択肢をいくつも持ちあわせていて、病状によっていろいろな治療の可能性が考えられました。ただし残念ながら、初診時同様に摘出手術は依然として困難な状態でした。また、抗がん剤はもともとの腎機能低下もありやっぱり不可能な状態でした(あの某がんセンターさんですら断念せざるを得ないほどの)。


 腫瘍の大きさや場所などから、残念ながら今回もBNCTは治療適応外と判定されました。しかし、これまでの放射線総線量を放射線治療計画専用コンピュータで重ね合わせ合算シミュレーションをしてみると、脊髄や脳、咽頭粘膜などの正常組織の放射線耐容線量(重症な後遺症が起きにくい放射線量の限度)をなるべく超えないような設定をし、確実に根治的放射線治療を行うとするならば、放射線を腫瘍部で止めることができる陽子線治療が南東北病院さんでは最適と思われました。先進医療陽子線治療の適応病態でもあり、再々照射であるリスクなどを含めても事前に検討した院内キャンサーボードでは本人次第で許容、と仮承認が得られていました。

 もちろん、無理をせずこのまま経過観察(≒緩和ケア)を続ける選択肢はありましたし、標準的な医療者側の見解ならばその方針でしょう。ただ、これまでもそういった方々へ(私以外の南東北がん陽子線治療センターの担当医らも)陽子線再照射を行うことがあり、良い経過をたどられている方々は意外に少なくありませんでした。


根治を目指すための陽子線治療という選択肢も相談してみましょうか?

私は、患者さんと娘さんにこのようなご相談ご提案をさせていただきました。


 これまで、某がんセンターさんからの説明で絶望的な気分を味わい、南東北さんに来てからも「根治」という言葉をしっかりお伝えできず治療をご提供してきたせいか、いら立ちを隠せなかった印象の患者さんでした。しかし、初めて「根治」という前向きな話が私から出てきたからか、これまでにない嬉しそうな表情をされました。再々照射となるわけであり、出血するかもしれないだの、組織が腐るかもしれないだの、命に関わる影響が出るかもしれないだのといった、文言だけ読めば脅迫のような後遺症リスクは高いだろうという(定型的な)説明も、残念ながらお伝えせざるを得ませんでした。しかし、患者さんとご家族は治る可能性を希望され、陽子線による再照射にご同意されました。

 危ないからそういう治療(再照射)は絶対にしない、という放射線治療科の先生は少なからずいらっしゃいます。絶対に大丈夫、とはもちろん絶対に言えません。けれど、医療に絶対はない、が私の口癖でもありますし、真実です。



 陽子線の特徴を活かした1ヶ月半ほどの根治的な再放射線治療を、失神発作を誘発することもなく無事に終了することができました。世界的に推奨されている標準的な抗がん剤の同時併用は体調的にできなかったものの、腫瘍も徐々に縮小し、治療中の皮膚炎や粘膜炎は出現しましたが支持療法で対応できましたし、笑顔で再び自宅へ帰ることができました。

 (おそらく南東北の)陽子線だからこそできた再治療でした。

 

 ご本人ご家族は納得され、南東北の治療を受けられて良かったとおっしゃっていました。後日、娘さんからいただいたお手紙に書かれてあった内容を一部抜粋して以下「」内に転載させていただきます。画像はその時の封筒です。

 「昭和のような時代の放射線ですが、緩和目的でとりあえず試してみますか?とお聞きした時は、ここに治療をしてくださる先生がいると、嬉しくて嬉しくて涙が出そうでした。

 そしてその後の画像とPETで先生が次の治療の事まで考えてくださっていたとは、夢にも思いませんでした。

 ・・・中略・・・

 (私の)前向きなお話を聞く度に、父をはじめ私たち家族はとても勇気づけられ、全信頼を置くことができ、全て先生に従おうと思いました。」



 その後の経過なのですが、実は残念ながら数カ月後にがんの再発転移を発症してしまいました。根治的放射線治療が不可能な病状でした。本人家族と引き続きいろいろなご相談をし、最終的には地元の緩和ケア施設の先生に診ていただくこととなりました。そして、残念ながらご逝去されました。再々照射から何年も経過したというのではないですが、私の直接診察や電話相談、また地元の緩和ケア担当の先生、そして本人家族のお話から、明らかな後遺症(晩期有害事象)はなかったようでした。


 この方は完治に至ることができませんでしたが、逆に治療効果が得られ数年もの長期的な経過観察ができた症例で(治療前のご説明:脅し文句でお伝えしたような)とても辛い後遺症に悩まされてしまうこともあります。本症例は、再照射の是非、陽子線治療の是非、そもそもの治療適否など、放射線治療をはじめとする専門家からいろいろな見解や批評があろうかと存じます。自由診療クリニックなどでありがちな、(根拠が乏しいのに)やったら良くなったという治療は無謀だ、倫理的に不適切ではないか、というご意見もあろうかと思います。20年くらい前の私は(こわくて)ご提案できなかったかもしれません。もちろん、今回の陽子線再々照射は、過去のいろいろな再照射の論文報告を鑑みた上で線量や照射範囲を設定しました。

 ですが、標準治療が全てではない、再照射を含め本人家族の納得というのはとても大事である、実臨床というのはエビデンスなどの理屈だけではない、ということを改めて私に実感させていただいた方でした。お悔やみ申し上げるとともに、いろいろ教えていただいた私のほうこそ心より御礼申し上げます。


 なお、本投稿は匿名化しており個人の特定ができないよう配慮しているつもりですが、ご家族様の了解もいただいております。



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