• 和田仁

昭和時代の放射線治療がIMRTに優った方(その1)

  

 私が南東北がん陽子線治療センターさん在籍時のことですが、局所進行頭頸部がん患者さんの娘さんが私のセカンドオピニオン外来を受診されました。遠方在住ということもあり患者さん本人はその日に受診されませんでしたが、紹介状も持参された娘さんからお話を伺うと、「(日本を代表する有名な)某がんセンターで放射線治療を開始したのだけれど、失神発作を何度も繰り返して数回しか放射線治療ができず、体力もないと主治医は根治(がんを治す)治療をあきらめたが、なにか良い治療法がないか相談に来た」とのことでした。


 紹介状には、(世界的に最も推奨されている高精度放射線治療である)IMRT:強度変調放射線治療で治療を開始したが、首の腫瘍が大きく近くの神経を圧迫して放射線治療中に失神発作を繰り返すために断念した、との記載が。同封されていたCTやMRI画像をみても、たしかに首の腫瘍は大きいのですが、遠隔転移はなく放射線治療ができるのであれば根治を目指すことは可能な状態でした。

 娘さんのお話では、普段は普通に歩いて、ゆっくりながら何とか食事も取れ、腫瘍で痛みはあったもののけっこう元気とのこと。失神発作もほぼ放射線治療のときだけのようでした。初診時は遠方という理由もあってご本人は来院されませんでしたが、娘さんが動画を撮影してきていて、拝見するとたしかにお元気そうなお姿でした。


 IMRT(をはじめとする高精度放射線治療)は、ピンポイント的な位置精度を保って治療するために、毎回の治療で身体の固定装具などを装着し、15分から長いと1時間前後じっとしていることを強います。首の治療ではたいていが仰向けになり、あごを上げるような体位で上半身を固定します。何もしてない状態であっても大きな腫瘍で首が固まった状態なのに、首を無理に曲げて長い時間身体を固定したら、首の血管が押されたり近くの神経を圧迫したりで失神発作を誘発しやすくなります。

 IMRTに限ったことではないのですが、高精度放射線治療はがんに選択的に放射線を狙い撃ちし後遺症を減らすために精密な設定が必要となります。しかし、それが毎回の治療を受ける方々にとっては、特に体調が良ろしくない方々にとっては拷問のようになる可能性があり、また危険な状態を誘発する可能性も出てきます。という理由で、今回ご相談に来た方も某がんセンターさんでは放射線治療を断念したようです。


 全国でも名だたる某がんセンターさんですらできなかったIMRTを、南東北病院ならできるかといったらそんなことはありません。でも、問題だったのは安定した治療の体位が長時間とれなかったこと。ご本人を診てないし、どんな失神発作なのかもよくわからないし、いい加減に「できます」ともいえないし、遠方の患者さんだったし、私も少し考えました。ただ、治療体位さえ何とかクリアできれば、放射線治療の技術的な精度などにこだわらなければ、短時間なら放射線治療そのものはできるのではないか?とは思っていました。

 そして、もしそれが何とかできたなら、さらに...?


 娘さんの熱意を感じていましたし、動画では比較的ご本人も元気そうだったので、まずは私から以下のご提案をしてみました。

 「昭和の時代のような放射線治療になるかもしれませんが、まずはご本人を診察した上でですが、危険であれば無理はできませんが、症状緩和の目的でとりあえず南東北病院の放射線治療を試してみますか?」

 娘さん、少しびっくりされたような表情をされた後に、あまり悩むことなく「本人を連れてきますからお願いします」とのご返答。


 私が医師になったのは平成2年ですが、(一部伝え聞く)昭和の時代の昔の放射線治療は、(今みたいにきちんと横になって補助器具を利用し身体の固定をがっちりして、ではなく)ただ椅子に座っただけで放射線治療をしたり、(今みたいにCTやX線透視装置などで位置をモニタリングしたり体内に目安となるマークを埋め込んだりしながらがっちり正確に、ではなく)なんとなくこの辺っていう感じで皮膚に治療位置の目安としての針金をおいて放射線治療をしたりと、現在と比べて無茶苦茶いい加減な治療でした。以前のブログでも昭和時代の驚愕の放射線治療の逸話を一部ご紹介したことがありました。

http://mccradonc.blog.fc2.com/blog-entry-96.html

 でも、患者さんの体位的には今より楽なこともありました。昔のやりかたでも少し良いところはありました。今の技術も(特に患者さんファーストという目線からは)まだまだ不十分な所がたくさんあります。精度を高めるために、患者さんを頑張らせている部分がたくさんあります。


 後日、娘さんに連れられ患者さん本人も来院、診察しお話を伺いました。ご本人「痛みもあるし何もしないで経過を見るのは嫌、できるなら南東北病院で放射線治療を受けてみたい」とのこと。もちろん、うちでも失神リスクはあることや治療中止になる可能性もあることなどはご説明したうえで、(再)放射線治療に同意されました。

 最初は私も、この方の放射線治療は座ってでないと難しいかな?と思っていました。しかし、ご本人の体調を慎重に観察・当時の身体状況なども相談しながら、優秀な放射線治療技師スタッフさんたちといろいろ相談・検討し、最終的には治療寝台の上で半坐位くらいで首の固定具は使わず、(放射線治療計画用のCTは撮影せず)「なんとなくこの辺」っていう感じで直接患部付近の皮膚に印をつけ、電子線という放射線を使って5分くらいの短時間で放射線治療の準備を行い、そのまま初回の放射線治療を無事に終了できました。全部で10分くらいでしたが、某がんセンターさんの時と違って、治療そのものはつらくなかったそうです。治療が終了した後も失神発作はみられず、患者さんはよく眠れた状態で翌朝を迎えることができたそうです。


 安全を期して治療期間中は放射線治療科での入院管理とし、私も立ち会って毎日の放射線治療を続けましたが、某がんセンターさんではできなかった放射線治療を(まずは)予定通り完遂できました。南東北に来てから失神発作は一度もありませんでした。



 昭和時代のアバウトな放射線治療が、最先端のIMRTに優った症例でした。温故知新、改めて感じました。


(その2に続く)

ここをクリックして、ブログ「昭和時代の放射線治療がIMRTに優った方」(2)」へ移動