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和田仁

光免疫とBNCT:類似点多い「第5のがん治療法」


 光免疫療法と、放射線治療の一つであるBNCT(Boron Neutron Capture Therapy:ホウ素中性子捕捉療法)。昨今のメディア報道などで「夢の治療」などと注目を集める2つのがん治療法ですが、実はいろいろな点で類似点が多いです。


 BNCTは2020年6月に、光免疫療法は2021年9月に、保険収載となりました。現時点における光免疫療法の保険適応は「他の臓器や組織に遠隔転移をしていない局所進行および再発の頭頸部がん」、BNCTの保険適用は「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」です。

 ほぼ同じような記載なのですが、両者には以下のような①②の微妙な保険適応上の違いがあります。

①光免疫療法は頭頸部「がん」、つまり悪性腫瘍全般が対象となるようです。一方、BNCTは漢字の「癌」のみ、つまり扁平上皮癌など上皮性腫瘍のみOKで、肉腫や血液がん(悪性リンパ腫など)は対象外となります。ちなみに、「ガン」とカタカナ表記をされているサイトや書籍などをしばしばお見かけしますが、厚生労働省などの公的文書や大半の国内医学会ではカタカナの「ガン」はほぼ使われません。「ガン」を使っていらっしゃるのは自由診療クリニックの先生方や一般の方々が多い印象ですね。

②光免疫療法は「他の臓器や組織に遠隔転移をしていない」状態、頭頸部のTNM分類(UICC第8版)でM0に限られます。一方、BNCTは「切除不能な」頭頸部癌、つまり医療者の判断で手術ができない場合だけでなく手術可能でも患者さん本人が手術を希望しない初回治療の方も対象になります。そして「他の臓器や組織に遠隔転移をしていても(M1例でも)」適応とはなりえます。ただ、施設によっては「活動性の遠隔転移」例は不可との除外基準を設けている場合がありますので確認が必要です。


 BNCTと光免疫、どちらもがん細胞に取り込まれやすい薬を最初に体内へ点滴します。BNCTはステボロニン®という商品名のホウ素薬液を、光免疫はアキャルックス®という商品名の薬液を使います。そして、がん細胞内に投与薬剤が到達するであろう時間帯に、BNCTでは約2時間後に中性子線を、光免疫では約24時間後にレーザー光線を照射します。BNCTは原則として1回のみの治療、光免疫は週1回で計6回を一連の治療、となっています。気になる一連の治療費総額ですが、BNCTは約400〜500万円、光免疫療法は約700万円程度とかなり高額です。もちろん、保険診療であれば自己負担割合に応じ上記金額の1〜3割の自己負担ですし、高額療養費制度も利用可能となります。

 BNCTと光免疫療法については、南東北BNCT研究センターさんのホームページにもわかりやすく解説されています。以下のURLから是非ご覧ください。


 光免疫療法もBNCTも『手術・抗がん剤・放射線・免疫療法に次ぐ「第5のがん治療法」としてブレークスルーをもたらすかも、と予感させる。医療機器を使って人体に安全な光や超音波、熱中性子線などのエネルギーを患部にピンポイントで照射し、そこで薬剤を活性化させて、がんを切らずに治す医療機器と薬剤を組み合わせた技術を「ケミカルサージェリー」』(日経BP Beyond Healthレポートより引用改変)と呼ぶそうです。

 「オバマ(元)大統領も期待の治療法」としてメディアにセンセーショナルに取り上げられ注目を集めた光免疫療法ですが、実はすでに食道がんなどで保険収載されている既存のPDT(Photo Dynamic Therapy:光線力学療法)とも似たような治療法です。PDTは食道がんの(化学)放射線治療後に食道原発巣から残念ながら再発してしまった場合に、大事な治療選択肢となります。PDTもタイトルに書いたケミカルサージェリーの一つに含まれるそうです。BNCTも光免疫もPDTもその性質上あまり深部の病変には治療効果が得られず、表在から数cm以内の腫瘍が対象になるようです。この点は今後の課題と言えるでしょうか。


 肝心の治療効果ですが、BNCTに関してはすでに国内の治験結果が論文報告されており(Hirose, et al. Radiother Oncol 2021, 155:182-187.)、そのデータなどを根拠に保険承認されました。その内容は局所再発頭頸部がん21例(うち、扁平上皮がんが8例)に対する第II相治験で、全例1回だけの治療が行われました。24%で腫瘍が完全に消失、48%で縮小し奏効率(一時的に腫瘍が小さくなった方々)は71%でした。また、重篤な有害事象は1例(5%)のみで、治験中の死亡事例はありませんでした。

 一方、海外で実施された光免疫療法の治験結果では(Cognetti, et al. Head Neck 2021, 43:3875-3887.)、対象となった局所再発頭頸部がん30名のうち4人でがんが完全に消失し(13%)、9人でがんが縮小した(奏効率43%)と報告されています。つまり、一時的に腫瘍が小さくなった方々はざっくり言って半数に達していませんでした。また、Grade3以上の有害事象は43%(半数近く)にみられ、治験中の患者死亡が3例(なんと10%)もいたそうです

 いずれの治験も局所再発例が対象なので難治性という点は考慮しても、大半の方が「治る」というものではなさそう(かつ、光免疫療法ではそれなりの有害事象が出ていたよう)です。そして、これらの治験結果からすると、局所効果や重篤な有害事象の両面で、BNCTのほうが有利な印象です。光免疫は今後出てくる国内での結果に注目したいところです。

 

 どちらの治療法もメディアなどでしばしば、「がん細胞だけ狙い撃ち治療」あるいは「ほとんど副作用がない治療」と表現されることがあります。しかし、先ほどの論文報告も含めて両治療法とも必ずしもそうではないように私は感じます。

 BNCTに関しては、南東北がん陽子線治療センター(ひらがなの「がん」なので陽子線治療はほぼ全ての悪性腫瘍が対象)在籍時に私が担当させていただいた方だけでなく他の主治医のBNCT治療例も診察・体調確認をさせていただく機会が時々ありました。BNCTは、ホウ素が多少取り込まれた照射部近傍の正常組織の一部にも影響が出ることがあります。急性期の有害事象では数日間レベルで食欲不振や熱・照射部近接の耳下腺炎などが出ることがあり、数週してからは皮膚炎や粘膜炎などがアルファ線や反跳リチウムという重粒子線的な放射線の影響を受け、実感として通常のX線治療よりも症状が強く遷延化(症状回復までが長期化)する方々も少なからずいました。


 光免疫療法を受けられた患者さんの診療経験は、私にはまだありません。しかし、これまでの報告からBNCT同様に、あくまで耳にした情報ではありますがもしかしたらBNCTよりもそれなりの有害事象が出る可能性があります。光免疫療法の注意すべき副作用について、アキャルックス®点滴静注販売元の楽天メディカルさんホームページには以下の項目が挙げられています。

①舌の腫れやのどのむくみ

②治療部位の痛み

③出血、瘻孔・壊死

④皮膚障害(発赤や皮疹など)

⑤投与24時間以内に過敏症やアレルギーのような症状(インフュージョンリアクション)

⑥光線過敏症

 ①②がどの程度なのかは直接確認したことがなくコメントしづらいですが、④⑤は他の免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬など)でも対応がなかなか厄介なものであり、先ほどご紹介した光免疫の海外治験結果(Cognetti, et al. Head Neck 2021, 43:3875-3887.)を含めて、体調不良となった時の入院施設を有しない自由診療クリニックなどで全額自費の光免疫療法を行うことはかなり用心したほうが良さそうです。⑥は一連の治療で数週間は光線過敏症になるため、(医者から見たら重篤なものではないのかもしれませんが)外出を含めてそれなりに肉体的精神的な制約になると思います。①−⑥を鑑みると、正直な感想で「ほとんど副作用がない治療」とはちょっと思えません。


 「ドクターX ~外科医・大門未知子~」という、2012年からテレビ朝日系で放送され全シリーズの平均視聴率が20%を超えている医療系テレビドラマシリーズがありました。『約1年前の第7シリーズ目第4話(2011年11月4日放送回)では、甲状腺がん患者さんの治療手段としてBNCTが行われた』(ステラファーマさんホームページより引用、一部改変)そうです。

 なぜ甲状腺がんがドラマで採用されたのかわかりませんが、放映後にステラファーマさんホームページ上で「BNCTによる甲状腺癌の治療実績はない」との注意書きが追記されました。甲状腺がんに関してはおそらく現時点でも似たような状況であり、光免疫療法もしかりかと思います。頭頸部がんであればどんながん種でも治療の対象になるとは限らないという点は注意が必要です。また、全額自費の自由診療クリニックなどで行われている光免疫療法が、保険収載されている治療と同じ内容とは限らないことも留意すべき点です。

 

 残念ながらBNCTも光免疫療法も万人に有効な「夢の治療」ではありませんが、一部の難治性(頭頸部)がん患者さんに完治を目指せる福音となる治療であることは間違いないです。もう少し時間がかかりそうですが、今後は頭頸部がんだけでなく、体表にできる腫瘍の乳がん(特に炎症性乳がん)や皮膚がんなどへの保険適応拡大も期待される所です。また、BNCTに関しては昔よく行われたすい臓がんや骨軟部腫瘍など術中照射への応用も検討されているようです。


 可能ならばどちらの治療法とも、がんの症状緩和につながる治療選択肢の一つとしたいところです。しかし、随伴する可能性がある有害事象(副作用、副反応)や、点滴や体位など時間がかかりやや煩雑な一連の治療経過、そして(保険収載されたとはいえ)数百万円もする高額治療費用を鑑みると、なるべく短期間でお金をかけず苦痛がないようにご提供したい緩和ケアでの治療に安心して気軽にご提案、とは現時点ではならないでしょう。

 緩和的放射線治療に関しては、これまでの実績が多くある従来のX線治療(やおそらく自由診療で治療費が数百万円かかってもよろしければ陽子線治療)を利用したほうがまだ良いようです。




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