• 和田仁

本質的なスピリチュアルケアにつながる底しれぬ期待感(2) 「がんの催眠療法」 萩原優著 太陽出版


 英語で催眠療法のことをHypnotherapy(ヒプノセラピー)と呼びます。『催眠療法とは、意識の90%以上を占めている潜在意識と、自覚できる顕在意識がつながった状態で行う心理療法です。医師の語りかけにより、患者さんの潜在意識にアプローチすることで、ストレスが生じた根本原因を探ろうというもので、アメリカやイギリスでは1950年代から医師会によって認められてきた有効性のあるセラピーです。』(がんの催眠療法書籍まえがきより引用)

 顕在意識は、「表面意識」とも呼ばれ、普段認識できる意識で、思考・理性・知性などを指します。一方で、潜在意識は「無意識」とも呼ばれ、普段認識できない意識で、感情・感覚・直感・記憶・欲求などを指します。(高木浩一、潜在意識の特徴と顕在意識の違い|あなたが行動できない原因とは?より抜粋)

 

 ちなみに、睡眠と催眠は異なります。睡眠は寝ている状態で、脳波によってシータ波優位のレム睡眠と、デルタ波優位のノンレム睡眠とに分けられています。一方、催眠とは、寝る前や目覚め時のようなボーッとした意識の状態(変性意識状態)になることで、顕在意識はしっかりあります(つまり起きています)。脳波でいうと、アルファ波が優位な状態です(ただし、深い催眠ではシータ波も)。普段の生活で覚醒している時でも、スポーツや映画鑑賞などに夢中になっている時や、高速道路などの運転で寝てもいないのに途中の走行時の記憶が定かでない時なども催眠状態で、私たちがきちんと気づかないだけで誰しも毎日何度も味わっている普通のことだそうです。

 また、よく誤解されるのが、テレビショーなどで見かける催眠術(英語ではHypnotism)です。催眠術は、施術者が他人の心をあやつる(コントロールする)ような暗示をかけるコミュニケーション技法とされます。一方、催眠療法は科学的にも有効性が示されている心理療法のひとつで、精神心理療法として保険診療も可能です(ただし、費用対効果の面:赤字で、現実にはほぼ実施困難)。催眠療法は、被検者が自ら催眠状態に入った状態で被験者本人の内面(潜在意識)と向き合いながら、悩みやストレスの原因を探ったり、解決の糸口を見つけたりします。催眠療法のセラピスト(催眠療法士など)は暗示的な言葉を使って被検者の体と心をリラックスさせ、潜在意識とのつながりを深めるサポートをするにすぎず、あくまで被検者自身による自己催眠です。


 私も病院の臨床現場で実感し続けてきましたが、萩原先生が書籍のPart I で『西洋医学は万能ではないし、がんに対しても原因に基づいた根本的な治療ではなく、がんを切除したり、抗がん剤で殺したり、放射線で焼く(は正しくない表現ですが…)という対症療法に過ぎません。ー中略ー 身体と心は切り離すことができないので、どうしても「心身一如」の世界、さらには魂・精神・身体が織物のようにお互いが影響しあっている領域に踏み込まざるを得ない。ゆえに、これからは「(心や魂といった)見えない世界」を想定した医療が必要であり、スピリチュアルな医療が求められていると私は思います』(書籍p.23より引用)と記されています。病は気から、がん診療全般でもしかりだと私は思っています。

 スピリチュアル、特に日本では「スピ(リチュアル)系」というオカルトや宗教関連で目先の幸せや癒やしを得る手段や思想といったネガティブイメージな言葉で捉えられがちです。しかし、世界各国が参加している有名な世界保健機関(WHO)でもスピリチュアルという概念は以下のように真剣に検討されています。『1998年の世界保健機関(WHO)の常任理事会は健康定義を改訂してスピリチュアルな健康を加えることを決定した。残念ながら、翌年の総会にはこの議案は提案されなかった。総会にこの議案が載せられなかった理由は、参加国のいろいろな国内事情があったからと聞く。現在、世界の医療界、健康科学界ではスピリチュアルな健康の重要性を認めていて、医療者とチャプレン(病院牧師)との協働作業がなされている。その背景には病気に苦しむ人たちがより安心して生活できるようにとの願いが働いている。スピリチュアルな健康とは何かについては未だ議論は決着していない。しかし、WHOの専門委員会の報告書804号には、次のように書かれている。「患者は、霊的な面での体験を尊重され、これについての話に耳を傾けて聞いてもらえると期待する権利をもっている」』窪寺 俊之 心と社会 No.163 スピリチュアルな視点り引用)


 私ががん緩和ケアの専門家が集まる学会などに参加してもしばしば感じることなのですが、『身体と精神のつながりについては、すでに心身医学の領域で扱われていますが、より深い魂(スピリット)に関しては、医療領域で真正面から取り上げることはまずありません。ターミナルケアで、終末期におけるスピリチュアルペイン(生死に関してさまざまな疑問を抱くことで生まれる苦痛)に対するスピリチュアルケアという文脈で使われる程度で、医療従事者が目に見えない世界に足を踏み入れることは未だにタブー視されています。』(書籍p.24−25より引用)。

 WHOが検討しているスピリチュアルな健康、日本のがん診療では心(メンタル)の部分は心理士さんや看護師さんなど医療現場の職種が主に関わります。しかし、魂(スピリット)に関してはこれまでは宗教関係者が関わることが多いです。最近では宗教の枠を超えた臨床宗教家といった立場の方々も活躍し始めていますが、スピリチュアルペインや死生観というものは宗教だけの話ではなく無宗教の方々や宗教になんらかの抵抗感・違和感を持つ方々にとっても大変重要な問題です。


 萩原先生はこの書籍の中で、『がんに限らず、ストレスが原因となるさまざまな疾患は、本人の心の状態、持ち方と密接に関連しているので、心の深層を探る催眠療法は、あらゆる出来事や病気の”隠された意味”や”本人にとっての真実”を知るために役立つ可能性があります。私が本格的に催眠療法を学ぼうと思ったのは、サイモントン療法などのイメージ療法に触れるうちに潜在意識にアプローチする催眠療法の効力を再認識したからです。』(p61−62引用)と記されています。実は私も、萩原先生と似たような経緯で催眠療法に関心を抱くようになりました。その(1)でも触れましたが、そのため催眠療法の勉強を萩原先生から学んでみようと至ったわけです。

 

 『催眠状態になると潜在意識の中にある記憶を確認したりしやすくなることから、時間を遡る退行催眠療法が生まれました。これらは、今世の幼い頃(年齢退行療法)、前世の人生(前世療法)、胎児期(胎児期退行療法)などに退行して、その時の出来事を体験したり、逆に未来へ巡行してその人生を経験(未来世療法)することにより、これまで気づかなかったことが浮かんだり、思い出したりすることで、クライアント(被検者)の心身をポジティブな方向に導くものです。』(p63−64引用)。

 『催眠療法で、自ら体験し、学べることは主に次のような事柄です。

1.悩みや心配ごとの軽減や解消

2.「なんのために自分はこの世に存在しているか?」などの根源的なテーマの追求

3.自分の前世(過去世)での生と死の体験

4.肥満、喫煙など自分にとっての悪習慣の除去

5.すでになくなった人との再会

6.自分のマスター(霊的指導者)との対話

7.自分が病気に罹っている意味を知り、そして健康への道を見つけること

8.現在悩んでいる人間関係について、その人との前世での関わりと、問題の解決方法を知ること』(p68-69引用)

 あくまで私自身の死生観についてですが、特に死んだらどうなるのだろう、死んだら消えてなくなってしまうのかということが、とても知りたいことであり、不安なことでもありました(あえて過去形にしました)。キリスト教の「信じる者は救われる」的な個人的感想になるかもしれませんが、(無宗教の)私にとって催眠療法は自身の死生観について一つの安心材料を示唆してくれました。特に気になったのが、上記8項目中の3.自分の前世(過去世)での生と死の体験、でした。肉体が死んでも精神(というか魂)は無くならないという仏教などでいう輪廻転生を体感できるかもしれない、あるいは過去の自分(と思われる人物の)疑似?臨死体験をイメージの中で体感できるかもしれない催眠療法(前世療法)は、私にとって世に存在するいろいろな宗教にかかわらず個人個人の死生観の本質にアクセスできるかもしれない非常に興味深い「ツール」「選択肢」でした。基本的に催眠療法は宗教とは関係ないし、また催眠療法による洗脳もないでしょう。また、もちろんすべての人が前世と思われる疑似体験をできるわけではないのですが、それはそれで何ら問題ないと考えます。私が大事だと思うのは、そういうことを実際に感じられる人がいて、それを体験することで本人自身で本人の心身不具合を救うことができるかもしれないということ。そして、現代科学では証明されていないとしても、そういう現象が少なからず起きているということです。


 20世紀末に、アメリカの精神科医ブライアン・ワイス先生が『前世療法』を出版し、和訳本(PHP文庫、翻訳:山川紘矢・亜希子)が出て、日本でも話題を集めたことがありました。ただ、当時まったくと言っていいほど私は関心がありませんでした。『前世(過去世)というと、オカルト的なイメージを抱く方もいるかもしれませんが、それまで従来の(科学的に議論される暗示的な)催眠療法では治らなかった恐怖症や強迫観念の患者が、出生前の前世に遡る前世療法によって劇的に治癒したという例が数多く報告されているのです。クライアントが思い出す前世の記憶がすべて客観的な事実かどうかはわかりません。しかしワイス博士の本が発表されて以来、催眠療法中に自分が生まれる前の時代まで記憶が遡り、その結果、心身の治療効果があがるケースが増えたことから、前世療法として世界的に広がったのは確かな事実です。』(書籍p64-65より引用)

 「がんの催眠療法」書籍におけるおそらく一番の問題は、先ほども触れましたがいわゆる根拠(エビデンス)が乏しいことです。書籍には『がん患者さんに対して催眠療法を応用する試みは、日本でもなされてはいます。しかし、医者が催眠療法を行うのは時間的にも経済的にも難しく、いまだ症例数も少ないため、その効果についてはっきりと言及できる段階ではありません。しかし、私なりに手応えは十分に感じています』(書籍p69より引用)と記載があります。医学や心理学分野の催眠に関する研究のほとんどが暗示やイメージを利用して心身をポジティブな方向に導くものとなっていて、胎児期や前世などのスピリチュアルにつながる退行催眠は「うさんくさい」、「幻覚をみているだけ」と考える専門家は多いそうです。しかし、仮に幻覚だとしても実際に心身の自覚的改善が認められるケースが少なからずあるという点は無視できず、「幻覚」で困るどころか良くなれば本人だけでなく周りの人にもいろいろな良い影響を与えると思います。がん診療の治療成績報告でも健康関連QOL調査による心身の症状改善報告などが注目を集める昨今です。(退行)催眠療法においてもいろいろな科学的データをまとめるべき時期が来ていますし、初心者ではありますが私も何らかのお手伝いができればと思っています。



 実はこの「がんの催眠療法」書籍は現在絶版となっています(Amazonなどで中古本は手に入ります)。書籍の初版は2010年であり、それ以降に萩原先生はさらに催眠療法の個人セッションやセミナーなどを数多くなさっておられ、私も何度か講習を受けさせていただきました。

 この書籍では、萩原先生のクリニックで扱われている催眠療法とは別の自由診療内容も紹介されたりと(Part II 自己治癒力を高める補完・代替療法)、いささかタイトルと異なる内容が書かれていて、個人的には違和感ある部分もありました。ですので、更にパワーアップされた萩原先生のクリニックでの臨床実績を「がんの催眠療法」第2版、もしくは新たな「がんに関連する」書籍という形で世に出してほしいと思っています。いまだ「がん」に特化した催眠療法に関する他の書籍はないようですから。


 実は先日の気仙沼仙台間の車中で、私から萩原先生にそんな要望をお伝えさせていただきました笑。萩原先生、楽しみにしています。


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