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和田仁

コータックに期待はしてます:「免疫療法を超えるがん治療革命」読書感想 小川恭弘著 光文社


 最近、一部で話題になっている放射線治療の増感剤コータック(KORTUC)。著者であり放射線腫瘍医であるコータック開発者の高知大学名誉教授小川泰弘先生のご発表やご講演は、学会などで私も拝聴したことがあります。先日は、がん医療情報にとても詳しい私のお知り合いの方から「コータック(の本)、どう思われますか?」みたいなお問い合わせもありました。

 ということで今回のブログは、くりにっく叢書である「免疫療法を超えるがん治療革命 増感放射線療法コータックの威力」という小川先生著の本について、最近の臨床研究にも少し触れた読書感想文を書きました。本のタイトル、刺激的でインパクトありますね。

 

 感想文を書く前に、実際に担当医として私はコータック治療を経験したことがないという点は、最初にお伝えしておかなければなりません。昨年末、治療を希望された患者さんを某施設へ紹介したことはありますけれど。

 

 コータックとはなにか。この本の「はじめに」で紹介されている文章を引用させていただきます。『コータック(KORTUC = Kochi Oxydol-Radiation Therapy for Unresectable Carinomas=切除不能がんに対する高知式オキシドール放射線療法)」は、あらゆる「固形がん」に対して効力を発揮する「増感放射線療法」です』(引用)。オキシドール単独がコータック(KORTUC)、次世代のオキシドールとヒアルロン酸のコンビがコータックII(KORTUC II)なのだそうです。

 コータックの仕組みについて、この本での説明を一部引用させていただきます。一般に消毒薬として用いられている『オキシドールが抗酸化酵素を失活させることを(小川先生が)発見したのです。かつ、その効果を持続させると同時に、注射の痛さを半減させるにはヒアルロン酸と混ぜるべきであることが、研究の過程でわかってきました。この増感剤(オキシドールとヒアルロン酸のコンビ)が放射線治療の効果をフルに、つまり3倍にするのです。』(引用)


 がん細胞が身体の中で大きくなると、特に血管から少し離れた腫瘍の真ん中の方で個々の細胞の中の酸素の量が減ってきます。がん細胞内の酸素濃度が少なくなると、抗酸化酵素が増えてX線による放射線治療の効果が約3分の1まで低下してしまうことが知られています。そのような状況の細胞を低酸素細胞と言いますが、昔から世界中で放射線抵抗性の低酸素ながん細胞に対し、どのようにしたらX線治療の効果を高められるかの研究がいろいろ行われてきました。代表的なものに低酸素細胞増感剤などの開発や、熱を加えると低酸素細胞がダメージを受けやすい温熱療法の併用などの研究がありますが、人の臨床試験レベルの報告ではどれも決定打となるところまでは至っていない現状があります。私が最初に入局した東北大学でも当時、低酸素細胞増感剤の研究が行われていましたし、温熱療法の装置もありましたが、今はありません。コータックは、前者の低酸素細胞増感剤の一つです。

 温熱療法、個人的にはとても有効ながん治療法だと思うのですが(実臨床での経験談)、温度測定や加温技術などの問題でエビデンスをいまだ構築しきれていません。でも最近、信頼できそうな論文報告がいくつか出てきているようです。ちまたにある自由診療クリニックの温熱療法が同じような効果になるかの根拠は、さらに不確実です(効果がないと言っているわけではありません)。温熱療法については、改めて別のブログで話題にします。


 国内産の薬ではありますが、他の医薬品同様(?)主にお金の問題で日本での臨床試験は話がなかなか進まなかったようです。でも昨年の日経メディカルにも掲載されましたが、英王立マーズデン病院で局所進行・再発乳癌患者12人に対する第1相臨床試験が2019年に終了し、『放射線治療の常識を覆しかねない結果が得られた(原文のまま)』らしいです。

 日経メディカルさんの同記事引用を以下に続けます。『約3週間の放射線治療に併用して、放射線増感剤KORTUCを週2回、超音波ガイド下で腫瘍に局注。その結果、12人全てにおいて腫瘍が50%以上縮小、半数は90%以上縮小し、1年後のフォローでも腫瘍の増大は認められなかったそうです。一次エンドポイントとなる副作用は注射後の軽い痛み程度で、高い忍容性も確かめられた。KORTUCは2020年から、英国癌研究所の主導で184例を対象にした第2相臨床試験が行われている。標準的な放射線治療とKORTUCを併用した放射線治療に無作為に割り付け治療効果を比較するという、実質、第3相も兼ねたトライアルで、既に4カ所の施設で実施中。夏からはインドの医療機関でも症例を登録する予定だ。計画上の登録終了日は2023年6月30日だが、中間解析の時点で有効性が認められれば前倒しで治験終了となり、早ければ2023年中にも英国で承認される可能性がある。』(引用)とのことです。


 臨床試験ではありませんが、日本からも昨年、局所進行または再発乳がん30例の乳がん原発巣へコータック併用放射線治療を行った大阪医科大学の新保先生から論文報告がなされました。局所への放射線治療に加えてKORTUC II(オキシドールとヒアルロン酸)を2−7回、針で腫瘍内へ注入しているようです。結果は、局所制御が1年で100%、2年/3年で97%/75%と、とても良好な成績でした。

 この論文では、コータックを使っても放射線の量が少ないと局所制御率は良くなかったとのこと。コータックを使ったほうが本当に効果が高いかどうかは、やっぱりまもなく出てくるであろう英国の臨床試験結果待ちとなります(期待は持てそうです)。日本でも、積極的に使っていらっしゃるという名古屋市立大さんや大阪医科大学さんが中心になって多施設共同試験をすれば良いのにな、と思ったりもします。もちろん、臨床試験は準備も実施も多大なお金や手間がかかってとても大変だ、ということは承知しているつもりです。


 この小川先生の本の中で、数名の「全国コータックの名医・研究者」(引用)も紹介され、各先生方のコメントが記されています。当然のことながら(?)みなさま、お褒めの言葉が並んでいます。『ノーベル賞級の発明』とまで絶賛されている先生もいらっしゃいました。コータックを実際に臨床で使ったことがまだない私にはコメントが容易ではありません。しかし、先ほど論文をご紹介させていただいた大阪医科大学の新保先生の紹介文は、実臨床をする上で参考になるコメントとして目に止まりました。一部の記載を以下の『』内に引用させていただきます。

 『私たちがご相談を受けて、実際にその相談者にコータック注射が適用になるその割合は、せいぜい2〜3割程度というのが現状です。ええ、たとえば極端に言えば、全身にくまなくがんが転移してしまっている人でも、「コータックなら治せる」と思っている方も多いんです。…中略…コータック注射と並行して放射線を照射することによって「がん(の塊?:私の解釈です)が治る確率を上げる」ことを目標にしたいと考えています』(引用)

 

 「せいぜい」2〜3割程度の方なのか、2〜3割「も」いらっしゃるのか、「本当に」そうなのか。理屈上は全てのがん病巣に治療可能なのでしょうが、実臨床ではいろいろ課題や制約があるようです。

 オプジーボも粒子線もBNCTも光免疫も、世にではじめた時のメディア報道などではどんながんの病状の方でも治りそうな夢の治療法という触れ込みばかりでした。しかしいずれも、現実は(新保先生が書かれたように)一部の方々に効果が期待される治療法。もちろん長期延命や治癒につながる方がいらっしゃるということは「その方にとっては」夢のような治療法ですし、そういう選択肢が増えることはとても大事なことです。


 コータック、臨床的には腫瘍付近に注入か塗布可能な局所進行例が主な対象になるようです。粒子線でも温熱療法でもそうなのですが、局所を治そうと頑張って大きな腫瘍が縮小させると、途中で腫瘍が崩壊した時に組織壊死や欠損が起き、そこからの出血や痛みなどでQOLを長期間低下させてしまう難治性な有害事象(後遺症)を起こしてしまうことが、少ない割合ですがあります。コータックを実践されている先生方の報告では問題となる後遺症は大丈夫そうな記載ではありますが、コータックが他の治療よりどこまで安全なのか、個人的に不透明感はまだ拭えていません。同じ低酸素細胞増感という点では、コータックと温熱療法を放射線治療と併用すれば、さらに効果が期待できそうではあります。ただ、いろいろ組み合わせる治療だと、何が効いたのか、あるいはなんで副作用が出たのか原因がわかりにくいという批判は、厳格な医学者さんたちから受けそうです。

 また、治療対象となっている炎症性乳がんなど、局所だけ治療すれば良いとは言い切れない病態に化学療法などなくしてどこまで本質的な治療効果(いわゆる完治)が期待できるのか、多施設でのさらなる追跡結果が待たれます。コータック注入で数回針刺しすることで局所は良くなっても腫瘍細胞を体内にばらまいてしまわないかなども気になってしまいます(明確な根拠ある発言ではありません)。何度も何箇所も針刺し注入をするのは局所麻酔をしても痛そうです(痛くても良くなれば良いのかもしれませんが)。



 以上、いささか懐疑的に書いてしまったかもしれない読書感想文でしたが、例えば女性のシンボルである乳房を切除せず温存につながる(そして長期予後も手術とほぼ同じくらいな)治療となるのであれば、大きな福音であることは確かです。

  

 KORTUC併用放射線治療、これまで世に出てきた治療法での経験などからまだ慎重な見解である私も、今後の結果にはとても注目しております。


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