• 和田仁

出血性胃癌に緩和的放射線治療は極めて有効:世界最大の前向き多施設共同観察研究


 放射線治療分野で国内最大規模の日本放射線腫瘍学会学術大会、今年の開催は古巣の山形大さんで、先月から始まり現在もオンライン開催となっています。

https://www.congre.co.jp/jastro2021/

 コロナ禍でなければたぶん仙台国際センターで開催され、全国の先生方が集まって楽しくお勉強(と宴会)をするはずでしたが、とても残念です。1年前には現地とオンラインのハイブリッド開催も検討されたようですが、オンライン単独は苦渋の決断だったみたいです。まあ、学術報告の情報収集をするだけなら自宅で時間がある時にゆっくりお勉強ができるというのは楽だし、大変ありがたいことではありますが。

 毎年いろいろ盛り沢山なテーマが取り上げられる学術大会ですが、個人的には緩和的放射線治療やがん支持療法、放射線治療の看護、その他、といったマイナーな?セッションにいつも興味があります。今年の注目の一つは、腫瘍からの出血に対する緩和的放射線治療のまとまった発表が3演題も出ていたことでした。そしてなんといっても一番の注目は「出血性胃癌に対する緩和的放射線治療の効果:多施設共同前向き研究(JROSG17-3)」という演題でしょう。


 ちなみに、同じ業界のお医者さんから「先生(=私)の専門分野は何ですか?」と問われることが稀にあるのですが、「私、◯です!」と偉そうに断言できる分野があるようでなかった放射線腫瘍医歴約30年でした。これ、前にも似たようなことをどこかで書いた気がするのですが、よく覚えてません。ただ、くりにっくホームページにも書いている通り、ほぼ全ての高精度放射線治療装置を自施設で担当したことがある世界でも希少な(?)医師という点は私の長所だと思っています。今度、学会でリアル対面の時にそんな質問をされたら、「私、オールラウンド高精度放射線腫瘍医です」って名乗っても良いですか?

 もっとも、新しい放射線治療装置が次々と開発されているこのご時世ですから、5年後くらいには使えなくなりそうなセリフですけど。


 話を戻します。


 演題タイトルの「出血性胃癌に対する緩和的放射線治療の効果:多施設共同前向き研究(JROSG17-3)」ですが、JROSGとはJapanese Radiation Oncology Study Groupの略で、日本語では特定非営利活動法人 日本放射線腫瘍学研究機構といいます。JROSGは「放射線治療に関する臨床試験や調査研究、広報および啓蒙活動を実践する組織で、放射線治療を行っている全国の大学病院、がんセンター、一般病院など130施設以上が参加し、300名を超える放射線腫瘍医、診療放射線技師、医学物理士、看護師などの様々な職種の個人会員で構成されています」(JROSGホームページ理事長からのご挨拶より引用改変)。

 そして、JROSGの部位別専門委員会の一つである緩和医療委員会(私もまだメンバー)で7年くらい前から検討され2017年に正式承認された研究が、今回結果発表となったJROSG17-3でした。本研究の代表者は順天堂大学教授の鹿間先生、研究事務局は荒尾市民病院の斉藤先生と藤枝市立総合病院の小杉先生、そして現在もオンライン開催中の日本放射線腫瘍学会での演題発表者は小杉先生です。私も共同演者の一人に、ありがとうございました!


 斉藤先生、小杉先生ら中心となってまとめられた本研究の要約を、以下に記させていただきます。ちょっと専門的な内容になってますが、私なりの解釈ですごく簡単に書くと、進行した胃癌からの出血に緩和的放射線治療をすると止血効果などの症状改善がすごく期待できます、という感じでしょうか。なお事前説明を追加しておきますが、ITTとはIntention-to-treatの略で、登録されたけれど経過観察途中で治療実施不能あるいは経過観察継続不可能になってしまった患者さんも全て含めて結果を解析報告するもので、実生活・実臨床に試験の結果を当てはめても大きなずれがないであろうと考えることができるという意味で非常に有益な解析方法なのだそうです。


 【小杉先生の抄録より引用改変】

 輸血を要する又はHb<8.0 g/dLの手術ができない出血性胃癌患者さん55例(全国15施設)に対し、緩和的放射線治療を行いました(総線量の中央値20 Gy(8〜45 )/5分割(1〜18))。放射線治療の効果であることをきちんと示すため、直前2週間以内に抗がん剤治療を施行された症例は除外されています。結果ですが、38例(全体の69%)で止血効果が確認され、 そのうち12例(32%)がその後に再出血を認めました。 2、4、8週間とも、ITTでの止血率はほぼ半数(47%、53%、49%)、評価可能例での止血率は半数超え(55%、78%、90%)でした。有害事象はグレード3、4がそれぞれ1、0例でした。評価可能例の止血率は極めて高く、8週後に90%でした(根治治療ではないため死亡率が高い影響もあり、ITTの止血率は約50%でした)。


 この報告が出るまで、世界中の報告はほとんどが後ろ向き研究で、前向き報告は一つのみでした。とはいえ、それらは止血に有効というものばかりで効果があることは多く示されていたのです。しかし、日本ではほんの数年前までほとんどの施設で胃がんをはじめとする腹部消化管原発の出血性病変に止血目的の緩和的放射線治療を年に1例するかどうかという大病院がほとんどだったというとても残念な調査結果も判明していました(2015年のJASTRO学会で報告)。

 研究事務局の斉藤先生は、この報告論文を胃がんでは世界トップジャーナルのGastric Cancerという英雑誌に見事に論文採択され、オンライン出版されました。Gastric Cancerは胃がん診療をする世界中の多くの専門医が目を通す雑誌です。以下のURLから原著全文を確認することが可能です。

https://link.springer.com/epdf/10.1007/s10120-021-01254-w?sharing_token=jKXP3OQVaA1xG0l6nG_c

ve4RwlQNchNByi7wbcMAY5cX7EKh_lFDMFKWpX7d5vmZ1IRAGzlx-kPUkYt4vd-aJ8WJlQTxnI1fC8ejPB025FhPGXpR43lGo5NbnCkri-FCDr671Q2WHxGY1M2Ys3Wz5HhixtWlM4Ok54ukoTyu0w%3D


 さらに斉藤先生はこの研究報告で、放射線治療分野で世界最高峰の学会の一つであるASTRO(米国放射線腫瘍学会)2021でハイライトセッション(緩和的放射線治療のベスト5)にも選出されました。繰り返しになりますが、本研究はきちんとした統計学的手法を用い有効性や安全性が科学的にしっかり示された、世界最大の前向き多施設共同観察研究報告です。数多くの日本のお医者さんたちがとても重要視する胃癌診療ガイドラインでも「出血性胃がんに対する緩和的放射線治療は有効であることが示されている」といった記載が追加されるだろうと大いに期待が膨らみます。

 

 もちろん他にも素晴らしい研究報告はJROSG以外にも多くあります。なのにどうしてこれをブログの話題に取り上げたかと申しますと、なにより素晴らしい研究成果だからというのが一番の理由ではありますが、2013年頃でしたかJROSGの定期会議の場で出血性胃がんの緩和的放射線治療の有効性を研究してはどうかと提案したのは実は私だったからです。「この研究をしませんか」とご提案した理由は、それまでのわたしの実体験を多くの方々に共有していただきたかったから。そして、優秀な諸先生方のおかげで、ついに世界に誇れる研究成果を発表していただけることになりました。もっとも、論文作成に至る大事な学術的部分では、症例集積以外ろくにご協力しなかった私なので、あまり偉そうなことは書けないのですけれど。。。(ゴメンナサイ)

 実はその昔、義理の母が胃がんに罹患して出血症状が出てきてしまったことがありました。予備知識がほとんどなかった当時の私に、胃がんの方に放射線治療をしたことがあると教えてくれた先輩がいらっしゃいました。私も少し調べてみると、出血性胃がんに放射線治療をすると止血効果があるようだという海外の(今どきでいうエビデンスは低い)論文はちらほらあり、内容もおよそ確認できました。当時、私が勤務していた施設に入院していた義母や主治医らともご相談し、(たぶん私も初めての経験でしたが)緩和的放射線治療を行うことになりました。胃がんであっても止血効果は他のがんと同じように得られる!当時、胃がんに放射線治療は効かないという都市伝説が当たり前のように蔓延していましたが、その時に初めて実は有効なんだということを教えていただきました。

 しかしその後は、私が他の患者さんたちの出血性胃がんに対する緩和的放射線治療をしばしばご提案しても、やはり「副作用が強くなると抗がん剤ができなくなる」とか「胃がんに効果があるわけない」という理由で頑なな主治医の先生方のご理解をいただくことがなかなか難しい時期がしばらく続きました。それでも、たまにお手伝いに行った施設などでご理解ある先生からのご依頼があって緩和的放射線治療を実施してみると、輸血をしなくて済むようになったとか、貧血が止まったとか、少ない症例数ながら高い確率でやっぱり治療効果が確認されていました。

 そんな悲しい時代を思い出しつつ、義母の仏前で今回の素晴らしい研究業績が世に出されたというご報告をさせていただきました。


 鹿間先生、斉藤先生、小杉先生を始め、この研究に何年にもわたりご尽力いただいた多くの先生方、そして試験にご参加ご協力くださった多くの患者さんたちに、この場をお借りして改めて深く御礼申し上げます。改めて個人的にすごく思い入れのある研究であり、斉藤先生のGastric Cancer論文は私の中で(自分が筆頭著者となった数少ない論文を含めて)ベスト3に入る論文です。

 

 次回の胃癌診療ガイドラインで出血性胃がんに対する緩和的放射線治療の有効性が明記され、多くの方々が癒やされ救われることを信じております。



【2021.12.4 追記】

 2014年7月23日に書いた院長の以前のブログ:消化管腫瘍からの出血に対する緩和的放射線治療ってご存知ですか?で、この研究が始まりそうだという話題を提供しておりました。

http://mccradonc.blog.fc2.com/blog-entry-84.html

 この時のブログで『消化管からの腫瘍出血に対し緩和的放射線治療に止血効果が「かなり」期待できるということは、放射線腫瘍医なら誰でも昔から知っている「事実」なのですが、正直言って日本ではまだ認知されていません。』と書きました。しかし、今回のブログで触れたように、実はたった5年くらい前まで全国に名だたる多くの大病院ですら『年に1回、緩和的放射線治療をするかどうか』というアンケート調査結果だったわけで、『誰でも昔から知っている』わけではなかったか、(私もそうであったように)知ってはいるんだけど主治医からのご依頼がないと話が進まないという、請け負い診療科の立ち位置である先生が大多数の放射線治療科のあり方の弊害の一つを垣間見た感じでした。

 この研究報告も患者さん中心の医療への一つのきっかけになれば、と大いに期待する今日この頃です。