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勇気と覚悟:化学陽子線治療数年後の感謝状

 

 私は、2年半ほど前にくりにっくを開業しましたが、現在も前所属の陽子線治療施設さんで非常勤診療を行っています。先日、数年前に主治医として陽子線治療を担当した患者さんの奥様から、お手紙をいただきました。


 その患者さんは高齢で、心臓疾患や肺・代謝系の病気を抱えており、紹介元の大学病院さんでは手術などの根治療法はギブアップと診断されていました。家族と一緒に初診に来られた患者さん、みなさまの表情から『ワラをも掴む思い』(お手紙から引用)がたしかに伝わってきました。

 診察の前に、私は紹介元から頂いたデータや検査結果を見て、外科医ではない私でも全身麻酔や手術は難しい状況だなと認識しました。世の中には無理してでも手術するお医者さんはいるかもしれませんが、その方の病状は他臓器浸潤の局所進行がんで、正常臓器を合併切除する手術は後遺症が深刻なものになると予測できました。


 しかし、放射線治療(特に陽子線)なら根治的な設定ができそうでした。放射線治療単独では難治で、抗がん剤治療をうまく組み合わせるのが日本の標準的な治療法になっている病状でしたが、大学病院ではリスクが大きすぎて併用療法は無理との診断でした。なお、抗がん剤同時併用「陽子線」治療は当時(も今も)データが十分ではなく、診療ガイドライン上は国内標準治療の評価には至っていません。

 でも、一つ一つのデータを確認すると、そしてご本人の元気度を診ると、抗がん剤同時併用の陽子線治療が絶対にダメといえる項目はありませんでした。陽子線治療による正常組織の被ばく防護が有効な状態でもありました。もちろん、大学病院さんですらギブアップするリスクが多くの項目でありましたので、治療を請け負うこちらも「勇気と覚悟」が必要でしたし、受ける患者さん側にも「勇気と覚悟」が求められました。あえて書くと、けっこうハイリスク・ハイリターンな選択肢でした。


 もちろん、すべての患者さんに適するとは限らない治療方針です。そして、こんなことを書いている私たちだって、「ごめんなさい」と治療をお断りするケースは少なくありません。ただ、この方の場合は、どれもギリギリながら絶対ダメという項目はなく、根治の可能性があったのです。

 実は、お手紙にある『やりましょう!』という一言だけで初診時の説明が終わったわけではありませんでした。治療同意を取得する時は、(申し訳ないのですが)脅迫のような副作用可能性が羅列された説明書もお渡しいたしました。でも、治療を始めるからには「良くなる」とご本人がイメージする方が、やっぱり経過は良いと経験上で確信していますので、そんなアドバイスもしました。



 数週後、入院治療が始まり、患者さんも我々医療者側も慎重に治療を続けました。臓器障害が心配される中、無理をしないよう常に気を配りながら進めました。結果的に、ほぼ予定通りの治療を完了し、大きな副作用もなく、無事に自宅退院することができました。詳細な治療内容については、個人を特定できないよう配慮するため、ここでは明かせませんが、どうかご理解ください。

 退院後の外来診察で行った一次効果判定の諸検査で、腫瘍は徐々に縮小していることがわかりました。その結果を紹介元の大学病院さんにも送付しました。


 後日、患者さんが大学病院さんを再診した時、担当の先生から「治療をしたんですねー」と言われたそうです。それはきっと、いろいろな意味を含んだ言葉だったのでしょう。

 リスクの高い治療を選んだ結果、幸いにも良い経過に繋がりましたが、大学病院の判断は正しかったという不幸な経過をたどる可能性はもちろんありました。もしうまくいかなかったら、あるいは治療中に命を失ってしまったら、このようなお手紙を拝受することはなかったでしょう。でも、繰り返しになりますが、絶対ダメというわけではない治療でした。


 高齢かつ遠方でご本人からの希望があり、最近オンライン診療(と地元病院での経過観察)となりましたが、手紙にあるようにお元気に過ごされていらっしゃいます。



 このブログで何回か書いていますが、同じ病状でも病院によって、診療科によって、さらには同じ診療科でも担当医によって、治療方針が異なることはざらにあります。粒子線治療施設であっても、今回の患者さんを治療対象外にする可能性があります。ましてや、抗がん剤併用はそもそもしていない粒子線施設のほうが多いです。一人の医師の意見だけでなく、他の施設の専門の医師の見解を聞いてみると、別の選択肢が出てくる可能性は少なくありません。セカンドオピニオン診療は、時間もお金もかかりますが、大事だと思います。いろいろな施設のいろいろな先生の治療選択肢を同時に検討するセカンドオピニオンがあったら、さらに良いと思いませんか?

 がんコーディネートくりにっく、放射線治療(特に粒子線)寄りの選択肢になりがちなのは否定しませんが、そんなセカンドオピニオン診療を心がけています。


 『正直、これからどうなるのか”神のみぞ知る”ですが、救って頂いた命、どんなことでも受けていく覚悟です。』(お手紙から引用)

 治療のプロセス、ご本人や家族の気持ちの変化や向き合い方、とても大事だと思います。私たち医者は「治す」のではなく、患者さんが「治るお手伝い」をさせていただいているだけです。そうは書いたものの、正直やっぱり医者冥利に尽きる有り難い嬉しいお言葉です。


 最後に改めて、お手紙をいただき、心より感謝申し上げます。



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