日本におけるリンパ浮腫患者数の詳細な統計データは確認できる限りまだありませんが、手術や放射線治療後などがん治療関連が最多とされます(厚生労働省後援2020年度第1回新リンパ浮腫研修テキストより抜粋引用)。
日本乳癌学会北村班の多施設実態調査では、国内における乳がん術後の影響による上肢リンパ浮腫の発症率は、腋窩郭清で51%、侵襲が少ないセンチネルリンパ節生検のみでも34%と報告されています。
また、厚生労働省研究佐々木班によると、国内における婦人科がん術後の下肢リンパ浮腫の発生割合は28%、術後放射線治療を追加するとさらに危険度が高まるとのことです。
リンパ浮腫発症頻度の多いがん種における仙台市主要病院の2019年度手術件数は以下の通りです:乳がん1,342人、子宮がん525人、前立腺がん282人、卵巣がん194人。
上記国内調査による乳がん術後リンパ浮腫発症率を、仙台市の罹患数データをもちいて換算すると、仙台市近郊では年500人程度の上肢リンパ浮腫罹患数予測があることになります。令和4年9月1日現在の仙台市の人口は約108万人(仙台市ホームページ)、令和4年6月1日現在の日本の人口は約1億2,493万人(総務省統計局人口推計)と報告されており、仙台市の乳がん術後リンパ浮腫発症率概算と日本の発症率が同様と仮定すると、全国では1年に58,000人もの方が将来新規に腕の乳がん術後リンパ浮腫を発症するリスクがあることになります。
また、婦人科がんにおける骨盤リンパ節郭清術後リンパ浮腫の発生割合を、仙台市の罹患数データをもちいて換算すると、仙台市近郊では年100人以上がリンパ浮腫に罹患している計算となります。乳がんと同様に概算すると、全国で1年に11,000人余りの方が将来新規に足の婦人科がん術後リンパ浮腫を発症するリスクがあることになります。手術をせずに化学放射線療法で根治をめざす方々も多く、全国ではおそらく1年で20,000人近くの方が将来新規に婦人科がん関連で足のリンパ浮腫を発症するリスクがあると推測されます。
泌尿器がん(前立腺がんや膀胱がんなど)、大腸がんや骨軟部腫瘍、小児がん、そして頭頸部がんなど、老若男女を問わないがんに関連するむくみ(リンパ浮腫)罹患者も少なくありません。
また、がん終末期におけるがんそのものの進行によるむくみの有病率はすべての新規紹介患者の5−10%と報告されているが、実は過小評価されているとの「進行がんにおけるリンパ浮腫および終末期の浮腫の管理(国際リンパ浮腫フレームワーク)」という和訳解説書があります。
リンパ浮腫は病悩期間が長期で生涯に渡るものであり、潜在的な累積症例数はたいへん多いと考えられています。がんの定期診察は5年や10年が一区切りで終了することが比較的多いと思いますが、がん関連のリンパ浮腫は10年を過ぎても発症する場合が稀ならずあります。また、むくみ(リンパ浮腫)はがんに限った病態でないことから、多くの方がむくみで日々悩まれていることになります。人知れず、むくみをがまんしながら日々過ごされている方が世の中にたくさんいらっしゃるわけです。
実は私、たまに健康診断のお手伝いをしているのですが、診察の際に既往歴からがん術後リンパ浮腫と思われる下肢のむくみをかかえている方に出逢うことがあります。先日も問診で「がん治療から10年以上たって、もう病院には通ってないのだけれど、最近になってむくんできたんです。生活に困ってきたんですが、どこに相談したらいいかわからなくて。リンパ浮腫ってそんなに時間が経ってから出てくることがあるんですか?」と告白された方がいました。その時は非常勤での健診業務の立場上、お薦めの病院を紹介するにとどめましたが、(うちでもむくみ治療をそのうち始めます)と心のなかでお伝えしました。
リンパ浮腫の施術を行う上で留意すべき状態として、むくみで弱った部分の感染症や炎症、圧迫や血流不良(やがんそのものに関連する病状)による深部静脈血栓症などがあります。蜂窩織炎(ほうかしきえん)と呼ばれる重症な皮膚感染症、エコノミークラス症候群で知られる発症2週間以内で肺などに血栓が飛びやすい時期の急性期深部静脈血栓症は、リンパ浮腫の複合的理学療法が禁忌です。また、リンパ漏と呼ばれるリンパ液が体外に漏れる状態の方は、原則として専門病院での入院治療を要します。
がんコーディネートくりにっくおよびむくみケアサロンCamomille(カモミーユ)では事前に臨床経験豊富な医師や看護師が病状や体調の確認をさせていただき、必要に応じて主治医の先生や緊急対応の紹介元医療施設さんとの病診連携なども検討しながら施術を行います。
むくみに限ったことではないですが、昨今のコロナ禍による医療機関受診控えなどで病状が悪化するケースが多くなっています。また、病状進行で外出がままならない方に対し、往診でリンパ浮腫ドレナージを施行している施設は確認できる限りありません(がん終末期在宅診療例を除く)。くりにっくおよびサロンでは、利用者様の要望に即した在宅訪問など多様なリンパ浮腫などの施術・相談サービスのご要望は多い、と予想しております。
リンパ浮腫は、病院をはじめとする既存の医療機関で継続的な保険診療がご提供できれば一番望ましいと思います。ただ、残念ながら現状では安価な保険点数が設定されていて、慢性期のリンパ浮腫複合的理学療法は医療機関がかなり「損」をしてしまうため、思うように保険診療ができない状況が続いています。また、病院や診療所で自由診療(全額自己負担)として外来でのリンパ浮腫複合的理学療法などを行う施設もありますが、特に東北地方は体制がまだまだ不十分です。
リンパドレナージは、鍼灸・マッサージ治療院では医業類似行為として、あるいは非医療機関として美容サロン的に非医療者がドレナージを行う施設もあります。ただ、医療行為に準じる施術であり、医療者が関与もしくは連携していない施設では、次のような身体の確認などでそれなりに不安を伴ってしまいます。医業類似行為業等に関する指導については、厚生労働省から令和3年3月に最新の通知があります。特に、エステサロン等(非医療機関・非医業類似行為等可能施設)における無資格者による医療行為については「再度周知徹底することとした」と記載されています。例えば、エステサロンで「マッサージをしています」は違法です。がんコーディネートくりにっくおよびむくみケアサロンCamomille(カモミーユ)では、広告表記を含めこの点に留意して準備をしてまいりました。
最後になりますが、私はこれまで放射線腫瘍医として約30年、東北地方を中心にたくさんのがん患者さんへ術後照射などの担当医をさせていただきました。しかし、多くの方は外来診察での経過観察を終了し、放射線治療などの影響でリンパ浮腫などを発症された方々のフォローやケアをきちんとできておらず、大変申し訳なく感じています。これからは、そのような方々を含めて少しでもお役に立てるよう、熱意あるリンパ浮腫専門看護師さんたちとともにリンパ浮腫診療にたずさわっていければと思っています。
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